内子・大洲町並散策1日パスの旅(その②)

「その①」のつづきです・・・

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特急列車に揺られて、内子駅に着きました。
さて、内子では2時間ほど--要するに、乗ってきた列車の2本後の「宇和海」号の発車まで--滞在時間を確保しました。

内子名物と言えば、江戸時代後期から明治時代にかけての町並の姿を今に伝える


八日市・護国地区の町並


です。

地元である松山からは、特急列車で25分ほどで到着するという至近にありながら、私が訪ねるのは実に20ウン年ぶりです。
前回は当時在籍していた高校の写真部の撮影行ということで、顧問の先生に引率された部員ご一行様の一員として訪れましたが、今回は“気ままなエリートぼってぃ非コミュ”として向かいます。

当時の使用カメラは一世を風靡したニコンF601(もちろんフィルムカメラ)、今回手元にあるのはニコンD750・・・同じようにニコン機を首から下げていますが、時代は進歩したものです・・・
(なにせ、撮影結果がその場でわかりますし、フィルム切れの心配もいりませんし・・・)。

他方で、前回の訪問時も今回の訪問時も、利用したのは特急「宇和海」号の2000系気動車。
2000系がどれだけ四国の屋台骨を支え続けているのか・・・という事実にも驚嘆せずにはいられません

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駅から歩くこと数分、こぢんまりとした橋を渡ります。
さすがに、町並保存地区へ通じるだけあって、欄干からして凝った造りです。

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なお、駅から町並保存地区までは、北へ約1kmの道のりとなります(この画像は途中の案内掲示ですから、「残り630m」を示しています)。
公共交通機関は全くありませんので、歩いていくか、タクシーを拾うか、自転車を借りるか・・・。私は歩くことだけは苦にしませんので--他のあらゆる運動は苦だけどな!--、悠々と歩いて行きました

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町並保存地区への順路には、このような案内掲示が各所に設置されています。
ここは、「内子座」へと分岐するスポットにある掲示です(内子座については帰りに訪問していますので、次回のエントリーで記録を整理します)。
駅から町並保存地区への道のりの、だいたい中間点に当たります。

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そして、観光案内図も各所に設置されており、初めてでも(丁寧にたどっていけば)迷わずにたどりつくことができることでしょう。

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途中の交差点とミニ公園。
ポストが円柱形なのが“わかっている”というべきか何と言うべきか・・・。

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駅から歩くこと20分ほど、町並保存地区の入口にやって来ました。

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駅から歩いてきて、小道を左に入ると町並保存地区です(地元の銀行である伊予銀行の支店が目印になります)。
ここのポストも円柱形ですね・・・。




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分岐点からスタスタと歩くと、町並保存地区の入口を告げる看板です。
南北に約600mにわたって、江戸時代後期~明治時代の町並が保存されています

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・・・って、御老公様、なんでこんなところに?!



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・・・ということもありましたが、町並保存地区の入口には、「内子町立・町屋資料館」があります。

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ご覧の通り、当時の町屋を再現した施設で、無料にて公開されています。
せっかくなので、見学させていただくことにしましょう。

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解説板。
江戸時代の町屋を再現しているそうです。
余談ながら、何気なく吊り下げられた“藁草履”が何ともいえない“味”を出しています

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自由に入ることができますが、このときは誰も中にいなかったので“貸切”です。

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江戸時代や明治時代のことですから、ガスコンロなどという文明の利器はありません。
煮炊きするには“かまど”を用いなければなりません。
ごはんを炊くのも、お湯を沸かすのも、スイッチひとつで済む現代からすると、隔世の感があるほどの手間がかかったことでしょう。

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“かまど”といいますと、古代ギリシアの大哲学者ヘラクレイトスが「ここにも神々は住まうのだよ」と語ったエピソードを思い出してしまいますが、凡人にして卑小な私には、神々は見えない模様・・・orz

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ちなみに、建物の外にはこぢんまりとした庭が広がっています。
トイレも設置されており、公衆トイレの存在しない町並保存地区における公衆トイレとしての機能もあります
(もっとも、トイレは“現代”流にウォシュレットになっていました。そこは昔ながらのボットン便所とはなっていない模様・・・)。

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他方で、井戸は釣瓶・・・ではなく手押しポンプ。
江戸時代にはポンプはなかったと思われますが、さすがに釣瓶までは再現できなかったのでしょうか・・・。

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なお、部屋部分(畳部分)は、靴を脱いで上がることができます。

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無駄に上がって隣の部屋に・・・。
箪笥がいい味を出していますね・・・。

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屋根裏が物置を兼ねています。
現代のように“空気を自分の都合のよいように支配する装置(=エアコン)”がないご時世のこと、かくも天井が高いと、冬は大変寒かったことでしょう・・・。

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座布団と食器が並べられていると、“生活のにおい”が漂ってくるような気がするのは、気のせいでしょうか・・・。

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解説板によると「商家としての側面が強い」そうですので、番頭さんでも座っていたのでしょうか。
この座布団と机に座った人は、今の日本をどう思うのでしょう・・・。

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こぢんまりとした空間ですが、江戸時代の町屋を今に伝える温かい空間・・・。
前回の訪問時には(団体行動で自分の都合で動けなかったこともあるとはいえ)すっかり見逃した資料館でしたが、町並保存地区の“象徴”ともいえる、すばらしい施設なのではないかと思いました(昼間であれば自由に立ち入ることもできますしね・・・)。

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さて、町屋資料館の前後はちょっとした上り坂です。
「上り坂だった」という印象が前回の訪問時には全く残っていなかったりもするのですが、20年も前ののアテにならない記憶なんて、そんなものかもしれませんね・・・

そんな上り坂を抜けると、こんな柱が道ばたに立っていました。

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気がつけば電柱もなくなり、ちょっとした“タイムスリップ”気分

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江戸時代から明治時代以来、世紀をまたいで伝えられてきた伝統的な建築物が、訪問者を迎えてくれます。

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格子窓も誇らしげです。




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町並保存地区の北側には、「本芳我家住宅」があります。
建物内部は非公開ですが、庭園が無料公開されていますので、眺めていくことにします。

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門の先は、堂々たる邸宅と庭園。

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かつてこのあたりは蝋燭の生産で栄え、本芳我家、上芳我家、下芳我家といった一族が財をなしたそうです。
邸宅の規模からしても、かつての栄華は十分に偲ばれます。

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庭園も立派なものでした(維持管理はとても大変そうですが・・・)。

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蝋燭で財をなせる・・・現代からすれば信じられませんが、かつては蝋燭が灯りの王者だった時代もありましたからね・・・。

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陽光にきらめく木々が、かつての栄華の名残を見守っている・・・のかも、しれません。




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本芳我家の邸宅跡を出たところで、そろそろ内子駅へ折り返した方がよさそうなお時間です。

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訪問日は天気に恵まれたのですが、今年は四国でも(山間部を中心に)降雪が多いという、なかなかに“困った”気象。
そのせいか、2月中旬の寒波で降った雪が、こうして日陰を中心に町並保存地区にも残っていました。

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町全体が雪化粧・・・とまではいきませんが、沿道に雪が残っているだけでも、それはそれで“乙”なものですね・・・

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ところで、町並を歩いていると・・・

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こんな一角が、

“テナント募集”

・・・とありました。

町並保存地区、観光客を招き入れるには有効なのでしょうが、その保存・維持管理のかなりの部分は、地元住民の肩に掛かっています。

もちろん、観光客向けの商売を展開するなどして「共存共栄」を図る住民もいれば、

保存地区に指定されたおかげで、改築も建て替えもままならない


・・・とぼやく住民もいることも、否定できません(町並保存地区の類では、全国どこでも見受けられる状況ですが・・・)。

自治体がある程度支援する場合もあるようですが、他方で(自治体の保有物ならばまだしも)私有財産である住宅の維持管理・改修にどこまで公費を投じることができるのか・・・という問題は残ります。

他方で、(観光客を集めたいという)自治体の都合をおしつけられて、改築も建て替えもままならないのでは、所有者としては「迷惑」以外の何物にもならないわけで、“落としどころ”は難しいものですね・・・。

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そんなことを考えていると「古くからの町並を堪能した」だけでは済まなくなるのは、京都という世界的観光地を日々目の当たりにしていて、観光客の波に頭を抱えているから・・・なのかも、しれません。

なお、この日は少し寒いとはいうものの、天気は良好だったのですが、私が見かけた観光客は多く見積もっても数十人でした(カウンターでマメにチェックしたわけではありませんが、3ケタには達していないと思います)。
そのなかでもやたらhttp://andromeda10.blog89.fc2.com/blog-entry-1656.htmlとやかま・・・もとい、賑やかだった中国人グループを除けば、あとは2~5人程度のグループ客が主体で、その意味でも、町並にマッチした“落ち着き”を感じたような気がしました。

正直なところ、ゆったりと町並を眺めるという観点ではこれくらいの状況の方がありがたいのですが(京都くんだりが“おかしすぎる”という説もあり)、経済効果を期待する地元としては、痛し痒し・・・というところかもしれません
(散策するだけでロクにゼニも落とさない貴様のような輩にとやかく言われたくない・・・という説もあり)。

「その③」につづく・・・

内子・大洲町並散策1日パスの旅(その①)

先日来地元にしばらく籠もっているのですが、そうして戻る前に、JR四国公式サイトの「伊予灘ものがたり」号の空席状況を毎日無駄にウォッチングしていました
あの空席状況一覧、更新が不定期なので、連日更新されることもあれば1週間程度放置されることもあり・・・と、あまりアテにならない・・・のはともかくとして、


あれ、2月18日(日)の「道後編」・・・10日前になるまでずっと「○」表示なんですけど・・・



全国に名の知れた「伊予灘ものがたり」号のこと、クルージングトレインほど別格ではないにしても、それなりにグリーン券の確保には困難の伴う列車です

私自身、地元の松山を走っているのでいつでもその気になれば乗れるわ・・・とタカをくくっていると


さっくりと売れ続けるグリーン券


・・・ということで、運転開始から3年を経た昨年9月に、ようやく乗車することがかなった・・・ということがあります。

つまり、本来は、

意識的に、かつ、早めにグリーン券を確保しないと、乗ることさえままならない・・・


人気列車というわけです。

土日祝日しか運行されないという運行日の少なさや、2両全車グリーン車という編成による定員の少なさ(おおむね50名)ということもあるにしても、運行開始から3年以上にわたって平均乗車率9割オーバーを誇るというのは、やはりただ者ではありません

その人気列車が、運転10日前の段階で空席多数・・・


これはまた乗りにいけという“天啓”よ

・・・ということで、いそいそとグリーン券を確保したのが乗車の10日前のことです。
なお、前回の乗車では、JR四国ツアーの「伊予灘ものがたりきっぷ」を使用しましたが、今回はグリーン券だけ先に購入して、JR四国のフリーきっぷ「内子・大洲街並散策1日パス」を併用することにしました。




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・・・ということで、やってまいりましたのは昼過ぎのJR松山駅です。
「内子・大洲町並散策1日パス」は、松山~伊予大洲間(内子経由・伊予長浜経由のいずれも乗車可)の特急列車自由席ならびに普通列車に乗り放題となります

「伊予灘ものがたり」号については、上り最終の「道後編」に乗車しますので、往路については内子で途中下車して街並を散策しつつ、特急列車で伊予大洲駅に向かうことにしました。
まずは、「宇和海15号」(松山13:24発)に乗車して、内子へ向かいます。

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待つことしばし、駅に隣接する松山運転所から、2000系量産車の3連が到着しました。
松山駅で即座に折り返すことも多い「宇和海」号ですが、この列車については車両入れ替えのタイミングに当たるためか、運転所から回送されてきた車両が充当されます。

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そして、向かいの3番乗り場には、伊予大洲までの往復を終えた、「伊予灘ものがたり・双海編」(松山13:12着)が到着です。
ランチと充実した旅路を終えた(ほぼ)満席の乗客が、続々と降りてきていました。
車内整備ののち、「伊予灘ものがたり・八幡浜編」として八幡浜駅に向かいます。

なお、慢性的に混雑している「伊予灘ものがたり」号ですが、昼間の双海編と八幡浜編が、特にグリーン券をとりにくいという印象です(食事時間帯にかかり、本格的な食事が提供されることも大きい模様・・・)。
それに比べると、朝早い大洲編や夕方の道後編は比較的グリーン券をとりやすいのですが、それでも“比較的”であり、空席表示の△(残席少数)は日常茶飯事、丸一日×(満席)になっていることも、決して珍しくありません

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同じ1番乗り場には、岡山・高松からやってきた「しおかぜ・いしづち7号」の8000系電車が到着です。
そして、向かいの2番乗り場には、宇和島からやってきた「宇和海14号」の2000系気動車がやって来ました。
この2000系編成については、松山運転所に引き上げとなります(だから、“車両の入れ替えのタイミング”というわけです・・・)。

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さて、「宇和海」号の自由席は、3連の場合1, 2号車の全室、3号車の半室となります。
別にどこに行ってもいいのですが、2000系の置き換えとなると真っ先に消滅しそうな2号車・2200形にあえて乗車してみました
(2000系の真の後継車、2600系が失敗作不完全に終わってしまったため、あと数年は登場に時間がかかりそうですが・・・。他方で、先頭車がリニューアルの対象になっているのに対して、中間・運転台無しの2200形は全車がリニューアルの対象外。そのあたりも、2200形の方が先に消滅するのではないか・・・と思う一因です)。

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最後列となる17番席は先に並んでいた人が座ったので、少しずらして14番席に居座ります。

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こちら、内子・大洲町並散策1日パス(2780円)。
効力は有効期間当日に、松山~伊予大洲間(内子経由・伊予長浜経由とも可)の特急自由席に乗り放題・・・というものです。

なお、この金額は普通列車による往復では元が取れませんが、特急列車で松山~伊予大洲間を往復すると元が取れるという、絶妙なラインです
また、「伊予灘ものがたり」号については、別途グリーン券を用意することで乗車することができます(まさに、今回適用したパターン)。

今回の私の行程は

松山→内子(途中下車)→伊予大洲→(伊予灘ものがたり・道後編)→松山

・・・というものでして、途中下車することを考慮すれば、それはそれで「元が取れる」という判断から、このきっぷを使ってみた次第です
(内子駅でいったん乗車券・特急券が打ち切りになって買い直し・・・ということを考えると、片道の特急利用でも元は取れます)。

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3号車の2100形には、自転車置き場が設置されていました。
サイクルツーリストに微妙にアピールされている設備--該当車には自転車のロゴが貼付されています--ですが、実際にどの程度使われているかとなると・・・
(喫煙室としての機能を失った今となっては、フリースペースとして遊ばせておくよりは・・・という判断なのでしょうね・・・)。

なお、リニューアルの対象外である2200形ですが、確かにモケットや車内は少々“お疲れ気味”とはいえ、座席の掛け心地は安定した良好なものです。振子車らしく、がっちりと身体をホールドする座席・・・現代においても十分に通用します。




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13:24、列車は定刻通り松山駅を出発しました。
この列車の後を追って松山駅を発車する「伊予灘ものがたり・八幡浜編」を傍らに、一足お先に出発・・・と。

相変わらず2000系のキレたエンジンサウンドとグリグリ傾く制御つき自然振子・・・この感覚がたまらない!

登場から四半世紀以上を経ているとは思えない、圧巻の走りは健在です

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市坪駅を華麗に通過し、

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重信川を一気に渡ると、松山市から離れることになります。

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“いつまで経っても工事が進まない”と一部に揶揄されていた新・松山運転所。
ついにというか、とうとうというか、建屋の工事が進行していました。

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松山平野を一気に疾走します。
平坦で線形がいいからこそ・・・ですが、2000系がこれほど気持ちよくぶっ飛ばす区間も、四国ではそれほど多くありません
(山岳区間で車体を傾けながら突っ走るのも、それはそれで“一興”なのですが・・・)。

わずか“8分”で最初の停車駅となる伊予市駅に到着し、自由席車からは数人が降りていきます。
四国では25kmまでの自由席特急料金の設定があることも大きいのでしょうね。

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伊予市駅を出ると、次の向井原駅から内子経由と伊予長浜経由の線路に分かれます。
「宇和海」号の強力なライバルである松山自動車道を頭上に、2000系は相変わらずエンジンを吹かしてすっ飛ばしていきます。

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向井原駅から先は、山岳地帯に入ります。
四国最長を誇る犬山トンネルを抜け、伊予中山駅を通過し、次のトンネルを抜けると・・・そこは雪景色

トンネルを抜けた先は・・・を、リアルに体感することになりました。

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伊予立川駅を通過中。
松山自動車道の高架が、ふたたび頭上を横切っていきます。

なお、国鉄最晩年に完成した向井原~内子間(“内山線”区間)は建設が比較的新しいだけあって、踏切が一切存在しない高規格な線路を、2000系がその高速性能をフルに発揮して突っ走っていく、


乗り応えがありすぎていろいろとチビリそうな区間

・・・です
(極端な急曲線こそないものの、R400レベルの曲線はゴロゴロありますから、車体の傾きもフルに体感できます。おそらく、かつての北海道における「曲線で速度を落とさないための振子機構」・・・というのは、こういうのを言うのでしょうね・・・)。

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かくして、松山駅からわずか25分・・・13:49に、列車は内子駅に着きました。
データイムにおいては内子駅で上下特急を交換させるようにダイヤを組むことで、全線単線ながら運転停車なしにここまで突っ走ってきます。
なお、松山~内子間(37.6km)の表定速度は90.2km/h
全国的には決してトップクラスではないのかもしれませんが、四国内ではぶっちぎりのトップクラスではないかと思われます(線路規格・車両性能ともに高いことに加えて、途中停車駅が伊予市駅1駅だけというのも大きいのでしょうね・・・)。

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上りの「宇和海16号」と交換です。
あちらは松山運転所にわずかだけ残された“アンパンマン列車”が充当されていました。

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内子駅に到着です。
毎年“バースデイきっぷの旅”にて通過するのはするのですが、降り立ったのは高校生の時以来なので、20ウン年ぶりですか・・・。

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3番乗り場には、はるばる宇和島からやってきた普通4640D(内子13:55発)が、特急列車の待避がてら長時間停車していました。

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階段を降りて、改札へ向かいます。
この“コンクリート剥き出し”なところが、国鉄末期の新線--いろいろとコストにうるさくならざるをえなかった--の証のような気もします・・・。

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改札で「町並散策きっぷ」を提示して、外に出ました。




内子では2時間ほどの滞在時間をとりまして、“町並”を“散策”してくることにします。
・・・と、その前に、

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駅前に静態保存されているC12形蒸気機関車の231号機にご挨拶・・・

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かつては別の場所(内子町内の小学校)で保存されていて、その後旧・内子駅の構内に移設されていたそうですが、駅前広場の整備にあわせて、ここにやってきたそうです。
なお、旧・内子駅の駅名板もここに保存されています。

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説明板。
蒸気機関車の保存に際しては、なぜか縁もゆかりもない場所に運ばれてくる例もありますが、この機については、最晩年だけとはいえ、実際に内子線で活躍したそうです。

旧・内子駅は現在の駅の少し北にあったそうですが、今となっては跡形もありません
(このあたりの旧線路跡は道路に転用されたそうで・・・、そういえば、駅前を南北に走る少し新しめの道路がありましたが、あれが線路跡でしょうか・・・)。

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露天・・・ではありますが、定期的に塗装や補修が行われているのか、状態は比較的よいのではないかと思われます。

「その②」につづく・・・



(追記)
現在の内子駅ができて、予讃線の前後と内子線がつながるまでは、五郎~内子間の“枝線”として、国鉄の内子線がありました。
その旧・内子駅と、駅の周辺の線路跡、・・・今となっては道路となってしまって跡形もありませんが、切り替えからしばらくは、線路跡が姿をとどめていました。

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ときに平成元(1989)年の10月、その旧内子駅と切り替え前の内子線の旧線を活用して、松山市の米山工業が制作した、伊予鉄道1号機関車のレプリカ--現代の松山市内を走る「坊っちゃん列車」(ディーゼル動力)とは異なり、蒸気動力--が走ったことがありました。

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たまたま私も出かけて乗っておりまして、そのときに配布されていた「記念乗車券」が実家に保管されていましたので、探し出してみました
(先着300名に配布された記念キーホルダーももらってきた記憶があるのですが・・・どこ行ったんだろ???)。

懐かしいですね・・・。

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当時は旧・内子線の線路跡も残されていて、築堤をレプリカ坊っちゃん列車が、客車を引き連れて運転されました。
1回乗った後で築堤のふもとにやって来て撮影していましたが、なんで白黒で撮影してるんだろ・・・私?
(なお、当時中学生、一眼レフはまだ買えなかったのでコンパクトカメラによるもの・・・ボケボケなのはご容赦を・・・)。

しおかぜ17号(8600系)の旅(その②)

「その①」のつづきです・・・

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岡山駅から30分少々、8600系充当の「しおかぜ27号」は、16:08に宇多津駅に着きました。

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併結作業を眺めるために、5号車の位置まで移動します。
どうせ停車時間は長いのですからね・・・。

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5号車の先頭部に着きました。
すでに併結作業にそなえて、貫通扉が開放されています。

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待つことしばし、高松発の「いしづち17号」が到着です。
係員の指示に従って、手前で一旦停車。

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この段階では、まだ「いしづち」号の乗降扉は開きません。
係員が乗り込んで・・・

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貫通扉を開放して、微速前進0.5(←毎度のことですが世界が違います・・・orz)。

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だんだんと近づきまして・・・

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ガッチャン!

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あとは、渡り板を渡して幌を連結すると、併結作業完了です。
この段階でようやく、「いしづち」号の乗降扉は開きます。

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7連のフル編成--うち6両が先頭車という、電車特急としては地味に“非効率”な編成--になって、一路松山を目指します。

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16:23、多度津駅に着きました。
上りの「しおかぜ22号」と交換します。
この日は所定通り、8000系アンパンマン列車が充当されていました。

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多度津駅を出ると、予讃線と土讃線が分かれる・・・のですが、側線群の端には、113系イエロー編成(第3編成)がバラされたうえで置かれていました(しかも、車止めが設置されていましたので、一時的なものではないのでしょう・・・)。

121系→7200系の改造工事が完了すると、運用の合理化によって全廃されることが予告されている113系電車ですが、この第3編成から先行して廃車されることになるのでしょうか・・・。
はたまた、再度の本線運用復活はあるのでしょうか・・・。

正直なところ、JR四国の輸送量では“もてあまし気味”の113系のこと、データイムに4連固定編成は明らかに“輸送力過剰”で、ラッシュ時限定で運用されていることもあってか、運用効率は悪いというか、使い勝手は悪いのでしょうね
(そういえば、松山運転所のキハ185系3100番台車も、似たような状況の気が・・・)。

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海岸寺~津島ノ宮間の海沿い区間を、空気バネを膨らませたり縮めたりしながら疾走していきます。
なお、空気バネから空気を抜く際の(?)プシュプシュ音が頻繁に響くのが、空気バネ車体傾斜式車両の特徴といえそうです。

直線区間で車体がガタガタ揺れることはないものの--振子車両の場合、割とガタガタ揺れているような気がします・・・--、他方で傾斜角が小さい(8600系が2度、8000系が5度)こともあってか、曲線通過中に外に振られるような感覚を時折受けるのも、毎度のことです
(これでも、量産先行車が走り出した頃=センタリングシリンダがなかった頃に比べると、だいぶマシになっているのですが・・・)。

余談ながら、宇野線~本四備讃線区間では床下からプシュプシュ音が全くしないため、車体傾斜機構が動作するのはJR四国区間内のみであることがわかります。

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川之江駅で息をするようにくっちゃべっていたリーマングループが降りていきまして、車内は静かになりました。
やれやれ・・・。

その川之江~伊予三島間には、大王製紙の専用線がありますが、ここでEF210形を見かけるのも、すっかり日常の光景になりました(この日はセノハチ補機兼用の300番台車がいました)。




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新居浜、伊予西条と1人ずつ降りていきまして、伊予西条~松山間の1号車普通車は“貸切”となりましたよ

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さっきまで騒々しかったのが嘘のように、ジョイント音とプシュプシュ音しか聞こえない車内です

なお、前方のグリーン室には何人か--具体的な数字は未確認--松山駅まで乗っていたようなので、1号車丸々貸切・・・とはさすがにいきませんが、自分のいる客室が“貸切”なだけでも、ずいぶんとエラくなったような気がします(気のせいという説もあり・・・)。

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これ幸いと、座席観察のお時間です。
手前の席はフルリクライニングさせています。

リクライニング角度は、特急普通車としては標準的なところでしょうか・・・。

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なお、リクライニングさせると“強制的に”座面が前方にスライドします
このあたりは、ご先祖様(?)である簡易リクライニングシートの機構に逆戻りでしょうか?

もっとも、掛け心地を比較するとばちが当たりますが・・・。

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グリーン車は当然のこと、普通車も全席にコンセントを装備するのは、さすがに“21世紀の特急車”ですね。

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可動式の枕と、8600系“専用”の枕カバーを設置しています。
枕の固さは、ちょうどいい・・・ところでしょうか。

当然の如く、高さ調節機能も装備しています。

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上から眺めてみる。
華奢に見える座席ですが、掛け心地はさすがに“21世紀の特急車”です。

8000系Sシートのような“ダメシート”と比べるとばちが当たりそうですが、完成度の高い2000系/8000系普通車(自由席仕様の原形)の座席と比べても、“進化”を感じさせる座席といえます。
東日本に同じタイプの座席が繁殖している・・・という説もあるようですが、グリーン車の座席がE5系のパクリでも各所で高く評価されているように--もちろん、私も高く評価していますよ--、いいものは大人しく使っておけばよろしいのではないでしょうか・・・(量産効果でコスト減も見込める・・・かもしれませんし)。

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なお、フットレストは足を乗せていないと自動で跳ね上がる・・・というのは、2000系や8000系と同様なのですが、振子式から空気バネ車体傾斜式に変わったことによって車体の裾絞りがゆるやか(?)になり、足もとの配管もなくなりました。
かくして、足回りの窮屈さ改善という面でも“進歩”しています

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980mmと、十分なシートピッチが確保されているのであまりやる人もいないでしょうが、その気になれば前席の下に足を伸ばすこともできる・・・かも?

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床面は木目調になっています。
なお、グリーン車はカーペット敷きですので、同じ8700形の車内でも、前後で“よくわかる格差構造”状態になっています




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さて、わが半室指定席車についてはその後乗客が乗り込んでくることもなく、18:27、定刻通り終点の松山駅に着きました。
この時間帯だと特急停車駅には基本的に駅員がいますので、車掌氏が乗車券と特急券を回収するために走りまわる必要が無い・・・ということは、やはり大きい模様です
(他方で、夜間の予讃線下り特急に乗車していて、定刻通りに松山駅に着いた試し・・・ありませんからね・・・)。

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乗客を降ろすと早速折り返しのための車内整備です。
折り返し、最終の上り「しおかぜ」・「いしづち」併結列車となる「しおかぜ・いしづち30号」になります(そして、下り「29号」として、日付が変わった“後”で松山に戻るという過酷な運用・・・)。

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アンパンマン軍団に制圧された(?)構内を傍らに、改札を抜けて帰りました・・・。

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駅前の伊予鉄市内電車乗り場をしばらく眺めていましたが、“オレンジ塗りたくり”車両が多数派を占めているという現実に、慄然とするものを感じずにはいられませんでした・・・。

(おわり)

しおかぜ17号(8600系)の旅(その①)

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先週某日、山陽新幹線区間各駅停車の「ひかり」号--俗称「ひだま」号--の一員である、「ひかり467号」に揺られて帰ってきました

岡山駅では、繁忙期に立ち寄る際には岡山電気軌道に乗りにいったり、吉備線に乗りにいったり・・・と、寄り道することが多いのですが、今回は寄り道することなくさっさと在来線乗り場に移動します

いつもは寄り道の影響で夜真っ暗な予讃線にしか乗ることがないのですが・・・たまには昼下がりの明るい景色を味わうのもいいでしょう・・・

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・・・ということで、やってまいりましたのは岡山駅8番乗り場です。
四国特急の専用ホームと化しています。

まずは、先発の「南風15号」(岡山15:05発)をお見送り・・・。
閑散期だけあって所定の3連ですが、それでも空席が多数出る程度の混雑・・・というのが、閑散期の土讃線特急の“現実”です。
なにせ、土讃線は沿線人口が少ないうえに、肝心の岡山~高知間の需要も、ライバル交通機関や高速道路に食われてしまって・・・ですからね・・・。

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他方で盛況なのは、隣の6番乗り場から発車する快速マリンライナー(この画像は岡山15:12発の41号)。
自由席車の座席がほぼ埋まるのはもちろんのこと、指定席・グリーン車となる先頭1号車のダブルデッカーにも、乗客が次々と吸い込まれていくのは、さすがと言うべきでしょう・・・。
JR四国の“稼ぎ頭”といわれるだけのことはあります。

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他方で、9・10番乗り場からは、津山線と吉備線のキハ40系が発着します。
一見すると国鉄カラーですが、体質改善工事と機関換装を受けているので、割と別物です
(四国のキハ40系の方が、外観塗装の件を除けば、まだ原形に近いのかも・・・)。

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少しずつ発車時間が近づいてきました・・・。

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さて、今回は「しおかぜ17号」の1号車普通車指定席(半室普通車)を指定しました。
新大阪駅の「みどりの券売機」でシートマップを睨みながら検討したところ、2号車は比較的混んでおり、3号車のそこそこ埋まっており・・・

1号車(普通車指定席)は3人しかいない・・・これだ!!


・・・ということで、私が“4人目”として、1号車指定席を指定した次第

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15:11、定刻通りに「しおかぜ18号」が到着しました。
この列車の折り返しが、これから乗車する「しおかぜ17号」になります。

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乗客が降りると、折り返し整備のためいったんドアが閉まります。

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整備中のグリーン室。
なぜか2人掛け席と1人掛け席の向きが反対になっているのですが、交互に自動転換するしくみなのか、たまたまなのか・・・。

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「バースデイきっぷの旅」では、きっぷのご威光によりグリーン室に乗車しますが、今回は正規運賃・料金での乗車につき、おとなしく普通車です。

グリーン/普通合造車も、JR四国特急車両の“お家芸”となっている感があります
(8600系然り、8000系然り、2000系然り、(国鉄世代ですが)キハ185系やキハ181系然り・・・)。

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相変わらず特徴的な形状です。
レトロフューチャー・・・とは、よく言ったものです。

個性的なのはまちがいありませんし、どこか愛嬌があることも否定はしませんが、“カッコイイ”かというと、どうなのだろう?
(まあ、「これが8600系の顔だ」ということは、どこから見ても一目瞭然。“個性的”であることはまちがいありません

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側面には、充当される列車のヘッドマークイラストが掲出されています。
それはいいのですが、「しおかぜ」号のヘッドマークが2000系以来の“抽象画”であるのに対して、「いしづち」号のヘッドマークがいつの間にやら“リアル系”に化けているのが、面白いところ・・・
(それもこれも、JR四国社内デザイナーの方の“こだわり”によるのだとか・・・)。

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パンタグラフは、現代の標準的なシングルアーム仕様です。
振子車ほど傾かないとはいえ、車体傾斜装置を搭載している関係上、位置制御機構を搭載しています。

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銘板等は、転落防止装置に視界を遮られて見えにくいです。
まあ、乗客から見えないと困るものでもないので、これでいいのでしょうか・・・。




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さて、行先表示装置が「しおかぜ17号」のものに切り替わりました。
10分程度の車内整理を終えて、扉が開きます。
いざ、車内へ!

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1号車半室普通車指定席。
“半室”というだけあって、こぢんまりとした空間です。

なお、これまでの2000系や8000系の半室普通車は、“16席”(4列)配置を標準としていましたが、この8600系では前後5列配置ながらも“17席”の設置です

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種明かしはこちら。
交通バリアフリー法の影響か、最後列は車椅子スペースと車椅子対応座席(ここだけ1人掛席)になっており、前後5列の座席を配置する“スペース”はあるものの、実際に配置されている座席は“17席”という次第。

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その“車椅子対応1人掛席”こと、11-A席が、新大阪駅のシートマップでは--発車当日ということもあってか--開放されて指定可能になっていましたので、無駄にこの席を指定してみました
(おそらく、乗車当日に、しかもあえて“指名買い”しない限りは、最後まで販売されない座席かと思われます・・・(もちろん、車椅子での乗車の申し出があった場合は、最優先で発売されるのでしょうが・・・))。

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バリアフリー対応車両ということもあってか、トイレもこの“ゆとり”です。
車椅子ユーザーならばこれでちょうどいい・・・というか、この広さが必須なのでしょうが、一般人からすると広すぎて落ち着かないという、この現実・・・
(同じ「車椅子対応」といっても、223系あたりのトイレとは“ゆとり”が全然違うのが、特急車の特急車たるゆえんでしょう・・・)。

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トイレの傍らのほか、車内の各所にあるJR四国路線図。
駅ナンバーが割り振られたバージョンですが、かえって見にくいような気も・・・。

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洗面台周りは、西日本の某車両あたりで見かけたような設えです・・・。

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もっとも、バリアフリーに対応するのはいいのですが、車両の全長が延びるわけではありませんので、結果として客室スペースは少なめ。
8600系では、グリーン室を前後4列(定員12名)とすることによって帳尻を合わせていますが、四国内としては需要の大きい予讃線グリーン車のこと、混雑“率”は高めになりがちです
(サイバーステーションでは、8600系列車だけ、閑散期や通常期でも△表示になっていることが多いです。もっとも、そのうちどの程度の割合が正規料金を払っているかは不明・・・(まあ、企画乗車券だろうと何だろうと、JRが認める手段でグリーン車に乗る分には気にする必要ないんですけどね・・・))。

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隣の2号車にやって来ました。
8600系唯一の中間車となる8800形です。
半室普通車を見慣れた後だと、座席がずらりと並んでいるのが壮観です。

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第2編成(E2編成)に当たりました。

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川﨑重工業製、2015年生まれのニューフェイスです。
神戸から甲種輸送で四国入りしたのも、今や昔・・・
(どうでもいいのですが、このプレート、壁の色に紛れてしまっており、非常に目立ちません・・・というか、私自身これが通算5回目の8600系への乗車ですが、今回初めて気がついた・・・(苦笑))。

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他方で、8800形を除けば“全車”が先頭車で、運転台つき。
所定7連中--「しおかぜ」・「いしづち」併結編成--の実に“6両”に運転台が設置され、バリアフリー対応も進化した8600系のこと、編成定員はどうしても少なくなります
このあたりが、繁忙期に8600系を四国内に閉じ込めることに、大きく影響(?)している模様。

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車内の至るところに運転室があるのは、車内探検するうえでは飽きさせないのかもしれませんが・・・。

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そういえば、乗務員氏の名札入れ(・・・で、呼び方いいのか?)、

こんな“ファンシー”なものになっていました


何気に8600系ちゃん・・・“いません”けどね・・・。
(8600系に設置されているのに・・・。一般型車両として唯一5000系ちゃんがいるのが、四国における「マリンライナー」号の地位の高さを示しているようで・・・)




さて、車内外の観察をしているうちに、発車時間が近づいてきました。
2号車と3号車は--乗車の3時間前にシートマップを眺めているのですから、状況がその時と大差ないのは当然なのですが・・・--おおむね窓側席が埋まる程度の混雑です。
まあ、“こんなもの”でしょうか。

他方で、おそらくは埋める際のプライオリティが低いであろう1号車の半室指定席--マルス上で別枠となるアンパンマン列車の「アンパンマンシート」を除く--は、予定通り私を入れて4人・・・って、



発車前に乗り込んできたリーマン2人組が、人の席の目の前で息をするようにくっちゃべってるんですけど・・・orz。


勘弁してくれよ・・・orz
(なお、川之江駅で降りていってくれたので、そのあとは静かな車内になりまして、やれやれ・・・)。



・・・ということで、シートマップを眺めながら空いていそうな号車を選んでも、どんな乗客がやってくるかまではわからないという、この現実・・・

まして、1号車の8700形は制御車なのでモーター音が響くこともなく、なおさら話し声が響くとキツい・・・。

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曇り空から時折神々しい陽光(?)がさすなか、列車は宇野線をひた走ります。
なお、予讃線特急の場合、車掌氏の端末に指定席の発券状況が表示されるため、指定された座席に座っている場合、原則として車内検札はありません(直前に購入して端末への反映が間に合わないような場合は、勝手に席を移っている場合を除く)。

このあたりは“スマート”になったと、言うべきところでしょうね。

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児島駅で乗務員交代を終え、瀬戸大橋をさっくりと渡りますと--2000系と異なり、もはや“日常”となった瀬戸大橋を通過する際に、観光案内の類はありません--・・・、

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16:08、宇多津駅に到着です。
高松発の「いしづち17号」と併結作業のため、長時間停車となります。

「その②」につづく・・・

データイムの“ひだま”(「ひかり467号」の旅)

さて、世間では大型連休でも何でもないのですが、

“京都マラソン”なる迷惑イベントの悪影響を免れるために、地元に10日ほど引きこもっています。



毎年毎年、あの“迷惑イベント”からどうやって京都くんだりを脱出するのかは思案のしどころですが、今年は思い切って前後の期間もひっくるめて逃亡です(苦笑)。





さて、2月の平日ともなると、関西~松山間の交通機関は基本的に“閑散期”に属します。
したがって、鉄道だろうが高速バスだろうが航空機だろうが選びたい放題であるわけですが、“閑散期”・・・ということで思ったのですよ・・・。



8600系が普通に岡山まで乗り入れている


・・・ということに
(なにせ、年末年始、お盆、GWといった繁忙期には、定員の少ない8600系は四国島内に閉じ込められて岡山まで来ないもので・・・)。


・・・ということで、山陽新幹線~8600系「しおかぜ」号を乗り継いで地元に戻りましたので、その時の記録です。




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・・・ということで、京都~新大阪間は例によって在来線に揺られまして--新幹線特急料金が一段階上がると800円ばかり違ってくるもので・・・--、やってまいりましたのは昼下がりの新大阪駅です。

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乗り込みますは、13:02発の「ひかり467号」です
号数からお察しいただけるかと思いますが、

新大阪~岡山間の各駅に停車する、俗称“ひだま”の一員です


なんで時間のかかる各駅停車に乗るのか・・・というツッコミごもっともですが、


空いているから


・・・という、身も蓋もない理由です。

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早めに着いたので、先発の「のぞみ105号」(新大阪12:25発)でも乗ろうと思えば乗れましたし、自由席車でも座ろうと思えば座れたようですが、華麗に見送ります

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ホームで待っていると、隣の20番乗り場(事実上は、山陽新幹線の新大阪始発列車御用達ホーム)に、鹿児島中央行きの「さくら557号」になる編成がやって来ました。

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いつもは20番線から出発する「こだま」号に乗ることが多いので、N700系7000番台車を隣のホームから眺めるのも、ある意味新鮮なもので・・・。




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(画像は西明石駅で待避停車中のもの)
待つことしばし、東京駅から3時間ほどの旅路を駆け抜けてきた「ひかり467号」が到着しました。
しばらく前までは前世代の700系電車の“牙城”だった「ひかり」号ですが、今では定期列車については全列車がN700系化されています。
N700系はアコモデーションレベルとしては高い車両なのですが--特に、三層バネ構造による座席の掛け心地のよさはお見事!--、猫も杓子も・・・となると、たまに700系に乗ってみたくなるのが、不思議なものでして・・・
(その意味でも、700系と500系が多数を占める山陽「こだま」には乗り甲斐がある・・・と)。

なお、そんな「こだま」御用達の私があえて「ひかり」に乗っているのは、



データイムの新大阪~岡山間に「こだま」号は走っていない


・・・という、身も蓋もない理由によります。
要するに、「ひだま」が各駅に停まることで、「こだま」の機能を肩代わりしている・・・という次第。

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さて、新大阪駅ではそこそこ降車があることもありまして、5号車の最後列となる18番列のA席(3人掛席・窓側)をおさえました。
新大阪駅の時点での5号車の状況は、窓側席については7割方埋まっているものの、車内全体の混雑としては3割くらい・・・という印象でした。
要するにガラガラ・・・。

かつてはデータイムの新大阪~岡山間にも「こだま」号が走っていた--要するに、1時間に2本の各駅停車が走っていた--のですが、これは削減されるわけですわ・・・

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背面テーブルには“スマートEX”サービスのごあんない。
発車チャイムからしても・・・ということで、

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JR東海所属編成に当たりました。
どうも私が山陽新幹線の16連編成に乗るときは、JR西日本所属編成に当たることが多いのですが、今回は違った模様・・・。

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ともあれ、座席も確保できましたので、駅弁にてお昼としましょう。
“牛すき膳”というチョイスに、深い意味はありません。

あえていえば、

ブランド肉を使った駅弁よりも安かった&どうせ冷めていればブランド肉のありがたみもへったくれもない


・・・というところです。

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ところが、ブランド肉を使った駅弁--だいたい、お肉にコストを取られておかずまで手が回らない--に比べると、おかずが充実している分、こちらのほうが“食べ応え”があるのですから、世の中わからないものです。

もちろん、ブランド肉を使った駅弁を加熱するのがベスト・・・ということは確かなのですが、新大阪駅の駅弁売り場の忙しさを目の当たりにすると、いろいろと無理そうです。

他方で、

温かい駅弁を食べたいんや!

・・・という“熱い要望”に応えるためか、時折加熱機構つきのブランド肉駅弁を見受けるのですが、加熱機構の分お高いこともさることながら、



車内で食べると割と“飯テロ”なのではないか・・・

・・・という気も、しないでもありません(“駅弁”を車内で食べて何の文句があるのか・・・という言い分もありますが・・・)。
一度くらい無駄に実験してみたいとは思っているのですが、さて機会はあるのか?




お弁当を食べ終わる頃には、列車は新神戸駅を発車し、新神戸トンネルに入っていきます。

全体としてはセミアクティブサスペンションの“御利益”で安定した乗り心地のN700系ですが、トンネルの中の揺れの大きさは、少し残念なところ。
そういえば、先頃、次世代車両となるN700S系の量産先行車(確認試験車)が落成したことが報じられていましたが、トンネル内での乗り心地、どの程度改善されているのでしょうかね・・・。

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さて、新大阪駅から20分・・・、13:22に、西明石駅に着きました。
後続の「のぞみ」号と「さくら」号--先ほど新大阪駅で見かけた「さくら557号」--に立て続けに抜かれるために、9分停車します。

・・・ということで、ホームに出て観察のお時間です。

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「こだま」号の利用時であればホームの中程に“こぢんまり”と停車するのですが、そこは圧倒的な16連。

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5号車から1号車まで、約125m歩いて、先頭1号車にやって来ました
例によって先頭部を記録撮影して、5号車に戻ります。

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乗車した編成は、いわゆる“ラージA”編成でした。

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ステップレスの新幹線電車とはいえ、実際にはホームとの間にこの程度の段差はあります。

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在来線ではすっかり影の薄くなったカード式公衆電話。
台数こそ減ったものの、新幹線ではまだまだ現役です。


・・・立て続けに「のぞみ」号と「さくら」号に道を譲りまして、西明石駅を発車した・・・と思ったら、姫路駅で4分、相生駅で9分・・・と、


どんだけ停まってんだよ!

・・・となるのが、“ひだま”くおりちーです。
しかも、不定期列車のスジも待避しますので、

長時間停まっているのに何も抜かれない

・・・という、謎な現象が生じることもあります
(なお、西明石駅でホームに出たので、姫路駅や相生駅では外に出ませんでした・・・)。

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かくして、新大阪から1時間17分--といっても、長時間停車の合計が“22分”あるので、実際に走っている時間は1時間未満--で、終点の岡山駅に着きました。

乗客を降ろすと回送列車になりますが、16連の車内点検も--清掃員が実際に車内を巡回するので--それなりに時間がかかります。・・・ということで、最後に降りることにして車内画像全景。

まあ、三層バネ構造の座席はしっかりと体重を受けとめてくれる“ありがたい”座席ですが、他方で、横5列ということもあって少し幅が狭いことも確か・・・
いや、山陽新幹線では横4列の普通車が当たり前のように走っていますので、それと比べると分が悪いのでしょうね・・・。

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ちなみに、岡山駅からは「こだま745号」(14:22発)に、わずかな接続時間で接続します。
こうすることで、山陽新幹線相互駅間の利用機会を確保しようとしていることは事実なのですが、さらに西へ向かう乗客からすると

「乗り換えめんどくせ」


・・・というのが、実感なのでしょうね(たとえ同一ホームの乗り換えのため、“平面移動”で済むとしても・・・)。

私のように岡山駅で降りる身からすると、終点なのでまったり降りることができてありがたいのですが・・・
(これが上り列車になると、確実に座れるのでありがたい・・・となります)。

「しおかぜ17号(8600系)の旅(その①)」に、つづく
プロフィール

キモプアの紙

Author:キモプアの紙
キモメン兼デヴ兼クソヲタ兼フニーターで当然の帰結として“プア”・・・。略して“キモプア”。
その中でも(まあ、ほかに“キモプア”を自称する物好きもいないでしょうが・・・)選ばれし“逆”エリートゆえに“紙”(ペーパー的な意味で・・・orz)。

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