大和ミュージアム探訪記(平成26年3月)・その⑤

「その④」(「呉の歴史」展示室)のつづきです・・・

大和ミュージアムの展示室で最も充実しているのが、1階の東側に位置する「呉の歴史」展示室ですが、この展示室はその名の通り、広く「呉の歴史」をテーマにしています。
そこでは、「戦前の軍港・呉のあゆみ」と「戦後の造船都市・呉のあゆみ」が二つの基軸になっているのですが、ちょうど順路的な意味でも、時期的な意味でも両者の中間ほどに位置するのが、

戦艦「大和」の建造と生涯・そして海の底に眠る現在

についての一連の展示です。

大和
・・・ということで、まずはお約束ですが「大和」の概要から。

大和進水時の記念品
「大和」が進水した際に配布された記念品。
言うまでもありませんが、「大和」は呉海軍工廠で建造された、正真正銘「呉生まれ」の戦艦です。
ですから、ここ呉の地において、「大和」を主題とするミュージアムが開館し、そしてその歩みが語り継がれていくのは、当然のこと・・・ともいえるでしょう。

大和のふるさと
「大和」が建造された船渠の跡は、今もなお呉港から(・・・ということは、港に隣接しているこの「大和ミュージアム」からも・・・)眺めることができます
(現在はこうして屋根で蔽われていることからもうかがえるように、船渠(乾ドック)としては使われていませんが、こうして同じ場所に偉容をとどめております・・・)。

工具類
建造時に工員たちが使用していた工具類。

艦内構造
艦内構造についての解説。
こんなものを70年以上も前に造り上げた日本人恐るべし・・・です
(なお、科学技術の水準としては当時よりはるかに進んだ現代ですが、だからといって平成の世において「大和」のような巨大戦艦が建造できるか・・・というと、失われた技術があまりに多すぎて無理らしいです・・・)。

主砲塔
主砲塔の構造。

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「大和」関連の展示の後半は、「大和」最後の出撃となった天一号作戦(沖縄への海上特攻作戦)に関連した展示と、結局沖縄に到達することもかなわず、鹿児島県坊ノ岬沖の海底に沈められ、永久の眠りについている現状についての展示となっていました。

天一号作戦に関連した展示は、さすがに厳粛な想いで見つめるよりほかありませんでした。
巨艦だから・・・と言われればそれまでですが、一覧にまとめられた犠牲者のあまりの多さには、ことばを失うばかりです。

そして、奮戦空しく撃沈された「大和」は、今では坊の岬沖の海底に眠っています。
過去何度か潜水調査が実施され、現状についてはかなりの部分までわかっているそうです。

沈没した大和
その、「大和」の現在の姿が模型で再現されているのがこちら。
搭載していた弾薬に誘爆して、大爆発を起こして沈没していった以上当然と言えば当然なのかもしれませんが、ほぼ中央から真っ二つになった状態で、海底にて眠っているそうです
(・・・ということは、某宇宙戦艦の発進シーンのようなことは、現実問題としてはありえないわけですね・・・(フィクションというかアニメにツッコんでもしょうがないのかもしれませんが・・・))。

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・・・ということで、「呉の歴史」展示室について見てきました。
はっきり言いますが、(10分の1「大和」を例外とすれば)この展示室の展示が質量共にもっとも充実していました。
そのためもあってか、16時前に「呉の歴史」展示室に入って、展示室を出たときには・・・

すでに17時前
(「呉の歴史」展示室だけでたっぷり1時間ほど見ていたことになります・・・)

・・・閉館まであと1時間しかないんですけど・・・(汗)
(さらに言うならば、呉港18時発の松山行きフェリーに乗船することは絶対条件のため、いくら「大和ミュージアム」と呉港ターミナルが隣接しているとはいえ、遅くとも17:45には退館する必要があるため、丸々1時間使えるわけではありません・・・)

・・・ということで、スピードを上げて次の展示室へと進んでいくことになってしまいました・・・orz

「その⑥」(「大型資料」展示室以降)につづく・・・
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Author:キモプアの紙
キモメン兼デヴ兼クソヲタ兼フニーターで当然の帰結として“プア”・・・。略して“キモプア”。
その中でも(まあ、ほかに“キモプア”を自称する物好きもいないでしょうが・・・)選ばれし“逆”エリートゆえに“紙”(ペーパー的な意味で・・・orz)。

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