てつのくじら館探訪記(平成26年3月)・その③

「その②」のつづきです・・・

「てつのくじら館」(海上自衛隊呉史料館)の本館展示を一通り見終わったあとは・・・

あきしお艦内へ
いよいよ「てつのくじら館」最大の目玉、退役しているとはいえ実物の潜水艦そのものである、「あきしお」の艦内へと入っていきます

テンションが上がってきましたよ!!

止まった、時計
艦内に入ってまず目につくのが、すべて1時45分で停止した時計です。

その経緯
隣の説明書きによると、潜水艦の時計はすべて同一時刻を表示するように同期するようになっており、この「あきしお」が海上自衛隊から除籍となって、最後に電源が落とされた時刻をこのように指しているそうです。

トイレ
そしてトイレ。
本館3階の展示品と基本的に同一タイプですが、こちらは使い込まれた実物そのものです。

シャワー

シャワー
こちらはトイレに隣接したシャワーと水回り。
限られたスペースを有効活用しています。

医務室
トイレの奥には医務室。
できればお世話にならずに済むことに、越したことはなさそうです・・・。

配管とか何とか
何が何やらよくわかりませんが、ともかくも配管が多数張り巡らされた狭隘な通路を、前方へと向かって進んでいきます・・・。

台所
「士官食器室」だそうです・・・。
要するに潜水艦の台所のようなものでしょう
(旧軍のように、士官用と下士官・兵用の設備ははっきりと分かれているのでしょうか・・・)。

寝台夜間モード
この三段ベッドは、士官用の寝室のものです。
この部屋は夜間航行時の赤色照明が点灯していました。

寝台昼間モード
こちらも士官用の寝室のベッドですが、昼間航行時の蛍光灯照明でした。

士官公室
この部屋は「士官公室」のようです。
士官の会議や食事、休憩に使われるのが基本のようですが、緊急時には治療場所にもなったそうです。

艦長室
そして艦長室。

艦長室
「あきしお」艦内で唯一の個室だそうです。

潜望鏡
発令所にやって来ました。
潜望鏡が二つ並んでいます。
なお、この潜望鏡は本館内のもの(CGの光景しか映し出さない)とは異なり、リアルタイムの呉港の光景を眺めることができます。

操舵席
操舵席にも実際に着席することができます。

操舵席
とりあえず、昨年に続いて座ってみた・・・(笑)。
現役時には油圧で前後左右に可動して、舵や深度を調整できたようです。

見下ろせばそこには魚雷
ちょうど透明の板が張られた一角があり、下層を眺めることができます。
現役時には魚雷が搭載されていたようです。

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ちなみに、「てつのくじら館」においては、館内の各所にボランティアスタッフ(基本的には退役したもと自衛官の方々)がいらっしゃいまして、ちょっとした疑問があれば(もちろん「教えられる範囲」においてですが)答えていただけます。
ちょうど、訪問時に発令所にいらっしゃったスタッフの方は、(施設の性質上当然と言えば当然なのかもしれませんが)元潜水艦乗組員(サブマリナー)の方で、いろいろと興味深い話を聞くことができました
(非コミュの私が自分で聞いたというよりは、コミュ力のあるほかの訪問者とやりとりしているのを、横で勝手に聞いていただけですが・・・orz)。

もちろん、一般人に話されている内容ということは、防衛機密の類ではない程度のことであるのは間違いないのですが、(にわか軍ヲタな)私にとっては知らないことの方が多くて、いちいち感心しながら聞いておりました。
興味のある方は、是非実際に「あきしお」を訪ねて、直接お話を聞いていただきたいところですが、ひとつ印象に残ったこととして、

津軽海峡を他国の軍艦(露国とか支那とか)が堂々と通過しているのは、実は海峡の中心部が公海だからである

・・・ということでした
(帰って調べてみたら、なるほど津軽海峡をはじめとするいくつかの「国際海峡」では、領海の定義が古い「陸地から3海里」にとどめられており(昭和52(1977)年の領海法制定以降は、原則として領海は「12海里」)、津軽海峡のかなりの部分は「公海」扱いになっていました・・・)。

まだまだ私も無知ですね・・・orz
(だから「にわか」だというのだ・・・)


なお、いくら退役しているとはいえ、軍事機密の塊である潜水艦の実物を惜しげもなく公開する海上自衛隊は、太っ腹なのは間違いありませんが、「ホントにこんなの見せて大丈夫なの?」とも、思わないでもありません
(それこそ、反日国家から仮に観光客がやって来たとしても分け隔てなく・・・って、身も蓋もありませんが反日国家の困った人たちは呉には来ません罠・・・(笑))。

また、ボランティアのもとサブマリナーの方、

「どんどん写真撮ってください」

ってまで、言ってましたよ
(だから、お言葉に甘えてしょぼいコンデジでどんどん撮ってたのはわたしです・・・(笑))。

米国とか露国とか支那とか何とかでは、絶対にあり得ない話だと断言しておいてもよいでしょう
(それこそ大東亜戦争期の過去の遺物を公開するのならばわからないでもないですが、「あきしお」のようにほんの10年前まで現役であった艦を、一部とはいえ中に自由に立ち入らせて公開するなんて・・・)。

もちろん、私のように興味をもってやってくる人間にとっては大変ありがたいことですし、本当に他国に知られたら困るようなところや内容は公開していないとは思われますが(事実、ボランティアのもとサブマリナーの方も、「教えることができないことはいくらでもありますからね」とおっしゃっていましたし、そらそうですわな・・・)、こうして惜しげもなく公開することによって、海上自衛隊の仕事や任務に対する国民の理解が深まる一助となるのであれば、意味もあるのでしょう。

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もとサブマリナーの方の面白い語りはまだ続いていたのですが、そろそろ入館から1時間を越えて、「大和ミュージアム」へと移動した方がよさそうな時間となってきましたので、名残惜しかったところですが「あきしお」から退艦します・・・。

司令塔
見上げれば司令塔・・・というか艦橋。

説明
艦橋の説明。

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潜望鏡比較
最後は、海上自衛隊呉地方総監部の広報コーナーになっていました。
ちなみに、海上自衛隊の広報施設として質量ともに最も充実しているのが、ここ「てつのくじら館」であることは明らかですが、他にも佐世保(佐世保史料館「セイルタワー」)と鹿屋(鹿屋航空基地史料館)が有名なのだそうです。

あと2箇所はどちらも九州ですので、機会があれば見に行きたいところですね・・・。

ところで、上の画像で移っている二つの潜望鏡、どちらも大東亜戦争期のものですが、奥が米軍のもの、手前が旧帝國海軍のものです。

あまりに見え方に違いがありすぎて何だかなぁ・・・
(言うまでもなく、米軍のものの方が鮮明に見えました。この辺の技術力の違いもまた、日米の命運を分けたひとつの大きな要因だったのでしょう・・・)

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この広報コーナー(3階)を出ると、あとは1階まで降りて、探訪終了です。
お約束ですが最後に売店でお土産を調達して(ベタなものしか買っていませんが、何を買ったのかは「大和ミュージアム」で購入したものとあわせて後日ご紹介します・・・)、1時間ちょっとにおよぶ探訪を終えました・・・。

艦尾
・・・退館したあと、「あきしお」の艦尾に行ってみました。

見上げてごらん、スクリューだよ

・・・というところでしょうか・・・
(まんまやん・・・(笑))。

さよなら
交差点を渡って、通りの向いにある「大和ミュージアム」に向かいます。

「大和ミュージアム探訪記」その①につづく・・・
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Author:キモプアの紙
キモメン兼デヴ兼クソヲタ兼フニーターで当然の帰結として“プア”・・・。略して“キモプア”。
その中でも(まあ、ほかに“キモプア”を自称する物好きもいないでしょうが・・・)選ばれし“逆”エリートゆえに“紙”(ペーパー的な意味で・・・orz)。

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