四国鉄道文化館探訪記⑥(0系運転室編)

「その⑤」のつづきです・・・

0系新幹線「21-141」の客室を一通り眺めた後は、同じく公開されている運転室に入っていきます。
ちなみに、同じく昨年12月の冒頭に、交通科学博物館に静態保存されている0系トップナンバー編成(一部)の運転室も見学してきていますので、比較してみると何か面白いものが出てくるかも、しれません・・・。

運転室側の扉は原型です
客室とデッキを仕切る扉は、オリジナルのものです
(ただし、自動ドアとしては機能していません・・・)。

この扉を抜けて、デッキと運転室を仕切る扉を抜けると・・・

運転席
魅惑の運転席です。

運転席
座席モケットが、客席のモケットと同じ色のものに交換されていることがわかります
(オリジナルは青色のモケット。座席フレームはオリジナルのままのようです・・・)。

ステップを上がります
運転席と助士席には、ステップを上がる必要があります。
したがって、運転席は非常に高い位置にあり、見晴らしも良好ということになります。
これもまた、200km/hを越えるような高速運転においては必須の設備だった・・・ということでしょう。

運転席からの眺め
さすがに視点は高いです。
また、DF50形1号機と同様に、鏡餅が飾られていました。

運転台
運転台。
廃車当時のままのようです。

交通科学博物館の「22-1」とは異なり、マスコンハンドルや逆転ハンドルだけではなく、ブレーキハンドルも動かすことができます。

こうして、

ブレーキハンドル:左
マスコンハンドル:右


と、配置されているのは機関車に準じているもので、新幹線開業当時、機関士から新幹線運転士に転換教育を受けた運転士が多かったことの名残・・・だそうです。

マスコンフルノッチ
フルノッチとなる10ノッチに投入。

ブレーキハンドルも可動
マスコンハンドルとブレーキハンドルを握り、しばし目を閉じれば、気分は「新幹線運転士」です
私にとっては、結局“見果てぬ夢”と、なってしまいましたけどね・・・。

パネル類
計器類。
速度計が見やすい位置に「二つ」あるのが、いかにも新幹線らしいところです。

助士席
反対側は助士席です。

スイッチ類
助士席の前には、スイッチ類が並んでいます。

なお、余計な心配なのかもしれませんが、

スイッチ類やパネル類がカバーで覆われていない
(にもかかわらず、運転室は開放されている)

・・・というところに、

「四国鉄道文化館」の太っ腹ぶりを感じるのが半分
不心得なお子様や鉄ヲタに破壊されないか心配なのが半分

・・・と、複雑な心境です。

それだけ、入館者の良心を信じてくれているわけですから、こちらもその期待に応えて、大切に扱い、これから接する人たちのためによい状態で伝えていかなければ、なりません・・・。

電話
運転室には、この「21-141」が0系「21次車」であることが、このように明示されていました。

限流値変更改造済み
圧力計の下には、「力行限流値変更済」というシールが貼られていましたが、100系や300系、さらには700系といった、より性能の高い車両と同じ線路を走ることになった時に、0系も限流値(モーターに流れる電流の強さ)を上げることで、加速力を上げて対応せざるを得なかったことのあらわれでしょうか・・・。

行先表示器の設定
助士席のそばには、行先表示器の設定表示が残されていました。
これも廃車時そのままなのでしょう(妙に「こだま」号の方向幕が充実していることも含めて・・・)。

背後の機器類
運転室背後の機器類。
恥ずかしながら私にはよくわかっていなかったりもします(でも撮るだけは撮っている・・・)。

前照灯点灯
電圧計の下には、DF50形と同様に、前照灯点灯スイッチが設けられていて、押すと1分間前照灯が点灯します。

運転席からの風景
運転席の側窓からの眺め。

・・・もはや本線を走ることはありませんし、眺めもずいぶん変わってしまいましたが、これからも

新幹線の父・十河信二氏と西条市の絆の象徴


として、また、

国鉄~JRマンが新幹線にかけた情熱を後世に伝える象徴

として、末永く大切にされていってほしい・・・と、思わずにはいられませんでした。

「その⑦」につづく・・・
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

キモプアの紙

Author:キモプアの紙
キモメン兼デヴ兼クソヲタ兼フニーターで当然の帰結として“プア”・・・。略して“キモプア”。
その中でも(まあ、ほかに“キモプア”を自称する物好きもいないでしょうが・・・)選ばれし“逆”エリートゆえに“紙”(ペーパー的な意味で・・・orz)。

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ