バリ得新幹線の旅(その①)

「バリ得新幹線の旅(プロローグ)」の、つづきです・・・)

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先日、JR西日本の子会社となる日本旅行が展開する“バリ得新幹線”(旅行商品)を利用して、松山→新大阪(→京都)間を移動してきましたので、そのときの記録を整理しておきます。

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やってまいりましたのは、朝7時前の松山駅です。
ちょうど、特急列車が発着する時間帯の“狭間”にあたるタイミングだったからか、人出はあまりありませんでした。

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駅前にはバスターミナルがありますが、その一角にはここが始発となる福山行き高速バス“キララエクスプレス”となる、瀬戸内しまなみリーディングのエアロエースが回送されてきていました。
この会社、拠点が今治(のはず)なのに、なぜか松山~福山線にも参入しているのですが、今治~松山間を回送してまで参入するメリット・・・あるのでしょうかね?

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三角屋根にリニューアルされて久しい松山駅ですが、この姿もあと数年で見納め・・・のはずです。
駅周辺で高架化工事の痕跡をほとんどみることが(まだ)できませんので、今一つ実感はないのですが・・・
(逆に、新・松山運転所の建設工事は徐々に進められています・・・)。

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乗車日はダイヤ改正の前でしたので、ダイヤ改正をPRするポスターが各所に掲示されていました。

それはいいのですが・・・、“特急しおかぜ→新幹線 所用時間短縮”というPR・・・


ほとんどは“新幹線の側の短縮(+接続ダイヤの見直し)”による、短縮時間では?



旧ダイヤと比べれば、新大阪や東京への所用時間(乗り換え時間込み)が短縮されているという意味では間違っていないのでしょうが、


“しおかぜ”号が高速化したわけでは“ない”


・・・ことが、非常に伝わりにくいというか、“優良誤認”されかねない書き方・・・というと、悪意が過ぎるでしょうか・・・。

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さて、バリ得新幹線の四国プランには、500円相当のクーポン券がセットされています。
・・・とはいえ、利用できるところは相当に限られておりまして、松山発着であれば、

ウィリーウインキー松山店(松山駅構内のJR四国子会社のパン屋)
松山城下ちょい飲み・ちょい食べクーポン


の、いずれかに限定されます。

また、関西→松山方向の利用に特化した設定のためか、乗車日+翌日のみに利用可能です
(乗車前日+乗車日に利用可能であれば、松山発でも少しは使いやすいのですが・・・そこまで求めるのは酷か)。

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このときは朝7:20発の“しおかぜ8号”に乗車していますので、松山城下・・・どころではありません。
他方で、ウィリーウインキー松山店は、何と6:40からの営業開始でしたので、辛うじてクーポン券を利用することができました
(7:00開店でなく、やや早い開店時間には、なにか意味があるのでしょうか・・・。クーポン券利用者としては、大変ありがたかったですが・・・)。

開店間もない・・・ということもあって、まだ焼けていないパンもあれば、目の前で焼きたてのパンが続々と陳列されているという状況でしたが、逆に考えれば、“焼きたてのパンをクーポン券で購入できる”・・・ともいえるところでした。




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さて、改札口で乗車票(見た目はマルス券)を提示し、ホームに入ります。
長大な1番乗り場を、北側は“しおかぜ・いしづち”号、南側は“宇和海”号が使用するという縦列停車も、あと数年で見納め・・・の、はずです。

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改札の正面には、その日の列車編成表が提示されています。

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指定席/自由席の号車番号や乗車位置に加えて、使用系列も表示されているという細かいものです。

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“宇和海”号の編成を眺めていると、イレギュラーのグリーン車組み込み編成まで、抜かりなく表示されていました
毎日駅員氏が差し替えている・・・という、細かさです。

ちなみに、“しおかぜ・いしづち”号から2000系が撤退した後も、“宇和海”号で予備車がいなくて不足気味の振子指令制御装置搭載車の予備代わりに、半室グリーン車の2005号が、ずっと松山運転所に配置され続けていました。

ところが、ダイヤ改正の直前に2005号は高知運転所に転属となり、ついに松山運転所から2000形は全廃か・・・と思わせて、高知から代わりに2003号がやってきたそうです。

その2003号が、早速充当されていた・・・というところでしょう
(普通車の振子指令制御装置搭載車となる2150形に余裕がないことはわかりきっているのですから、全般検査から大して間のなかった2001号(TSE下り先頭車)を、どうして廃車にしてしまったのやら・・・)。

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少し時間に余裕がありましたので、1番乗り場の南側に向かってみました。

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ただ1往復のみが残されている、松山発着の貨物列車。
年々数を減らしているEF65形が充当されることでも知られておりまして、この松山貨物のために、東海道・山陽本線を走破するEF65形がわずかに残っている・・・とも、いわれています。

何気に、貫通扉がカラシ色の、俗に言う広島更新色になっている“レア機”こと、2127号機が、はるばる松山の地までやってきていました。

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“珍客”という意味では、松山運転所の敷地に、なぜか目立っている6000系(第2編成)もいました

昨年(平成30年)夏の豪雨災害で、財田川橋梁が不通になった際に、一時的に松山運転所に取り込まれていたことはありましたが、それ以来の6000系入線と思われます。
ダイヤ改正を前にしての乗務員訓練・・・という説もあったようですが、どうして松山の地まではるばるやってきていたのかは、謎のままです・・・。

113系が全廃された今となっては、6000系はラッシュ時において貴重な戦力になるとは思われるのですが、データイムまで考慮すると3連固定編成というのは、四国の普通列車としては今一つ使い勝手が悪いことも否定のできないところ。
案外、121系改め7200形よりも、なくなるのは早いのかもしれません。

松山界隈の普通列車への需要を考慮するならば、6000系ではおそらく“輸送力過剰”になるとは思われますが、転換クロスシート主体の高いレベルのアコモデーションを活かして、松山~今治間のライナー列車にでも使ったら、ウケるのかも・・・
(料金設定にも左右されそうですが、この区間の特急自由席の需要は堅調です。逆にいうと、特急料金を確保するために、ライナー列車や快速列車を設定することはあり得なさそう・・・という見方もできそうですが・・・)。

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2番乗り場には、松山6:58着の“宇和海2号”が到着しました。
早朝とはいえ、それなりの乗客が降りてくるところに、“宇和海”号の堅調な需要を見る思いです。

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昨年の予讃線は、豪雨災害によりたいへんな被害を受けまして、とりわけ、卯之町~宇和島間に至っては、2ヶ月に及ぶ不通に直面することになりました。
そんな被災を乗り越えて、“がんばってます! 南予”。

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制御つき自然振子機構も健在ですが、さて、“宇和海”号に新鋭2700系がやってくるのは、いつになるのやら・・・。




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さて、ホームを北へ進みまして、“しおかぜ”号の乗り場に戻ることにしましょうか。

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旅の第一ランナーは、岡山行き特急“しおかぜ8号”となります。
早朝7時台の、松山始発の列車でありながら、入線するのは発車時刻の直前です
(ゆったりホームに据え付けてくれ?・・・とんでもない!)

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7:11、新居浜駅からやってきた“モーニングエクスプレス松山”号が到着です。
この編成が“そのまま”折り返して“しおかぜ・いしづち8号”になるがゆえに、入線時刻が遅くなるという次第・・・
(厳密に言うと、“しおかぜ”号となる基本L編成は即座に折り返し、“いしづち”号となる付属S編成は松山運転所から回送。折り返し作業中に、両編成の併結作業を実施)。

早朝からこんな“カツカツ”運用を見せつけられるほどに、JR四国の特急車両には余裕がありません・・・
(限られた資源を効率的に運用中・・・)。

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通勤や通学には少し早い設定ではないか・・・とも思えなくもないのですが、それなりに降りてくる乗客がいて、(牟岐線の“ホームエクスプレス阿南”号のように廃止にならずに)存続しているところをみると、運転するだけの意味はあるようです・・・。

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乗客が降りると、車内整理のためいったんドアが閉まります。

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ただでさえ折り返し時間が“9分”しかないのに、あわせて車内整理まで実施されるため、


目の前に車両はいるのに、なかなか乗車することができない



・・・という、もどかしい現実・・・。

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発車の数分前になって、ようやく扉が開いて乗車可能になりました。

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並んでいた乗客がどんどん車内に流れ込んでいきますが、列の長い自由席車--これは、松山~今治間の自由席需要が堅調であるため--に比べると、指定席車はそこまでの“急かされ感”はありません。

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山側のD席ですが、窓側席をアサインされて、やれやれ・・・
(旅行商品の性として、“バリ得新幹線”では、座席の希望を出すことができません。割り引かれているのだから贅沢言うな・・・と言われれば、まあそれまでなのですが・・・)。

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足元がやや狭いのも、振子車の宿命というところでしょうか・・・
(足回りの居住性については、明らかに8600系の方が上ですね・・・)。




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乗車して、自席に落ち着いたと思ったら、すぐに発車です。
このあたりの“余裕のなさ”、(限られた車両を最大限に活用する)四国特急ではしかたないという諦めも必要なところですが、始発駅から特急列車に乗車するとしては、どうなのだろう・・・という気も、しないでもありません。

伊予鉄道高浜線と並走しながら、松山市内を疾走していきます。
制御つき自然振子機構も、いつもながら快調です。

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松山駅の時点では、乗車した3号車指定席はおおむね3割程度の入りでした。
興味深いのは、海側・窓側席のA席が埋まっているのに対して、山側・窓側席のD席はガラガラ・・・ということで、これも“景色”の違いによるというものか・・・
(もっとも、行程が進んでいくにつれてD席もすべて埋まり、通路側にもポツポツと人が乗ってくる状況に・・・。やはり、四国内としては“しおかぜ”号の需要は堅調ですね・・・)。

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D席にいると、瀬戸内海はよく見えませんので、トイレがてらしばしデッキに滞在して、“瀬戸内海の疾風”--この愛称も、ほぼ忘れ去られていますが・・・--の走りを、しばし堪能。

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松山駅から35分で、今治駅につきました(7:55着)。
早くも、自由席では多くの乗客が降りていくところですが、指定席については降車する乗客はいなくて、むしろ乗客が増えていきます。

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8:09、壬生川駅に着きました。
このように、“こまめに停車してこまめに乗客を拾っていく”というのが、四国特急のスタイルです。

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さて、以前乗車したときには見かけなかった、こんなステッカーが、各車の客室の端に掲出されていました。
ついに、予讃線特急でも“フリーWifi”の時代ですか・・・。

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試してみたところ、フリーWifiとしては十分合格といえる速度で、インターネットを利用することができました
(まだ四国内では存在があまり知られていないからなのか、フリーWifiがあってもコンセントが(8000系には)ほとんどないので、使用されていないだけなのか・・・。今度、全席コンセント装備の8600系でどうなるか、試してみる必要がありそうですね・・・)。




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D席の数少ないハイライトが、壬生川~伊予西条間にかけて展開される、石鎚山を筆頭とした四国山地のパノラマ・・・でしょうか。

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8:17、松山駅から約1時間で、伊予西条駅に着きました。
指定席については、相変わらず乗客が増えていく一方です。

四国内では、25kmまでや50kmまでの割安な自由席特急料金が設定されていることもあってか、

短距離:自由席
長距離:指定席



・・・という、棲み分けができているようです。

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8:26、新居浜駅に着きました。
だいぶ指定席の乗客も増えてきましたが、私の隣はまだ空席・・・。

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伊予三島駅で、“しおかぜ・いしづち1号”と交換です。
なお、乗車した“しおかぜ・いしづち8号”は、交換による運転停車がほぼない列車で、松山→岡山間の所要時間は2時間39分と、比較的早い列車となります
(とはいえ、8000系導入時のダイヤで、最速列車が松山~岡山間2時間30分であったことを思うと、25年間スピードアップが全くないどころか、むしろ遅くなっている・・・ともなるのですが・・・)。

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観音寺駅を出ると、昨年の豪雨災害でほぼ1ヶ月にわたって不通になった財田川橋梁を渡ります。
復旧後しばらくは速度制限がかかっていたそうですが、今では通常速度での走行となっているようです。

それにしても、昨年の“四国グリーン紀行の旅”においては、この財田川橋梁が復旧工事中で、多度津~観音寺間が代行バス輸送になっておりまして、非日常体験はいいのですが、なかなかに不便を被っていたところ・・・


直通運転されるのはすばらしい


・・・ということを、改めて痛感しました。

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9:08、詫間駅に着きました。
側線には保線用車両がいましたが、近年代替わりが進んでいるようですね。

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9:15、多度津駅に着きました。

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9:20、丸亀駅に着きました。
あと40分弱で終点の岡山駅・・・というところですが、この短時間でもわざわざ指定席に乗り込んでくる乗客が、“少なからず”いるというのが、面白いところです
(所定料金ならばともかく、乗継割引を適用すれば半額になるので、半額になるなら確実に座れる指定席の方がいい・・・という判断なのでしょうが・・・)。

ここまでで窓側席はすべて埋まり、通路側席も少しずつ埋まっていっていたのですが、私の隣も遂に埋まりました。
直前に購入したためか、グループ客なのに通路を跨いで・・・となっていたのはお気の毒なところでしたが(しかし、私がどうにかしなければならない謂われもない・・・)。

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宇多津駅で、分割作業が実施されまして、“いしづち8号”が先に発車していきます。

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宇多津デルタ線を疾走しながら、瀬戸大橋へと向かっていきます。

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瀬戸大橋にさしかかりました。
朝日を浴びて、海上を疾走していきます。

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もっとも、瀬戸大橋も開業から30年を経て、ところどころ徹底的なメンテナンスも必要になっているようで・・・。

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本州に上陸して、児島駅で乗務員が交代すると、終点の岡山駅は近いです。
岡山運転所をオーバークロスして、終点の岡山駅にさしかかります。

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定刻通り、9:59に岡山駅に着きました。

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列車はそのまま“しおかぜ7号”として折り返していきます。
さすがに、松山駅でのカツカツの折り返しよりは、やや余裕がありますが・・・。

「その②」に、つづきます・・・)
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コメント

KAZ

所要時間短縮の喧伝
>特急しおかぜ→新幹線 所用時間短縮”というPR・・・
>ほとんどは“新幹線の側の短縮(+接続ダイヤの見直し)”による、短縮時間では?
>旧ダイヤと比べれば、新大阪や東京への所用時間(乗り換え時間込み)が短縮されて
>いるという意味では間違っていないのでしょうが、
>“しおかぜ”号が高速化したわけでは“ない”
>・・・ことが、非常に伝わりにくいというか、“優良誤認”されかねない書き方・・・というと、
>悪意が過ぎるでしょうか・・・。

決して四国特急が速くなったのではないのに全体がスピードアップしたかのようなこの表現は、私が覚えている限りでは
93年に「のぞみ」が山陽新幹線まで入って毎時1本走るようになり、それまでの岡山駅での15分ほどの乗り換え時間+新幹線の乗車48分を、それぞれ8分と43分に減らしただけだったのが
最初です。そしてずっとこの表現がダイヤ改正のたびに使われているような・・

>松山→岡山間の所要時間は2時間39分と、比較的早い列車となります
>(とはいえ、8000系導入時のダイヤで、最速列車が松山~岡山間2時間30分
>であったことを思うと、25年間スピードアップが全くないどころか、
>むしろ遅くなっている・・・ともなるのですが・・・)。

8000系の2時間半は覚えていませんが、2000系の「2時間29分」は絵に描いた餅で、おそらく対向列車を含めて途中駅での集札に手間取る(これは現状と全く変わってませんが・・)ために少なくとも土日は3分程度の遅れが常態化していたことを考えると、2時間35分が確実に定時で走れる所要時間の下限なのではないでしょうか。
(※同じ2時間35分だけで比較するならば、伊予ICから無停車で高速道路を使って東に向かうと室津PAの少し手前なのが何とも・・)

キモプアの紙

Re: 所要時間短縮の喧伝
KAZさん、コメントありがとうございます。

> 93年に「のぞみ」が山陽新幹線まで入って毎時1本走るようになり、それまでの岡山駅での15分ほどの乗り換え時間+新幹線の乗車48分を、それぞれ8分と43分に減らしただけだったのが最初です。そしてずっとこの表現がダイヤ改正のたびに使われているような・・

JR四国のダイヤ改正ポスターの変遷・・・まで追跡できているわけではないのですが、予讃線・土讃線に限っていうならば、列車自体の“高速化”は、2000系導入の時点で“止まっている”という感があります。
予讃線にかんしていうならば、電化+8000系の導入により、平均レベルの底上げはありましたが(キハ181系やキハ185系を一掃したという点で)、最速列車という意味では前進がありませんでした。
単線ベースで、普通列車も含めれば列車密度の限界に近い運行をしている現状では、新車が入っても高速化にはつながらなさそうです。結局、8600系にしても2600系にしても、「振子車両と同等のダイヤを、より安いコストで実現する」というコンセプトであり、新車=高速化にはつながりませんので。もっとも、この傾向は四国だけではなく、全国的な傾向であるともいえるかと思われます。

> 8000系の2時間半は覚えていませんが、2000系の「2時間29分」は絵に描いた餅で、おそらく対向列車を含めて途中駅での集札に手間取る(これは現状と全く変わってませんが・・)ために少なくとも土日は3分程度の遅れが常態化していたことを考えると、2時間35分が確実に定時で走れる所要時間の下限なのではないでしょうか。
2000系時代にしても、8000系時代にしても、歴代最速ダイヤの列車に乗車したことがないので、私としては想像の域を出ないところですが、「余裕を切り詰めたダイヤ」でなければ実現できない所要時間であることには、疑いの余地がなさそうです(行き違い待ちで遅れると、遅れを取り戻せなさそう・・・)。
もちろん、かつての最速列車は、多度津や壬生川を(2時間29分運転だった、平成2(1990)年11月改正当時の「しおかぜ13号」に至っては、川之江も)通過しており、今のダイヤよりも停車駅を絞っていたこと、また、かつては夜間無人となる駅が少なく、今ほどは集札に時間を要しなかったことも、考慮する必要はあるでしょうが・・・。

実際に「しおかぜ」号に乗車していると、単純に乗客数だけのことを考慮すれば、途中停車駅を丸亀、観音寺、伊予三島、新居浜、伊予西条、今治くらいに絞ってもよさそうなものですが(児島は、会社境界で乗務員交代・・・という意味では必要な停車駅でしょうが、乗客数という意味では通過でも問題なさそう。土讃線への乗り換えは、丸亀停車でもカバーできるでしょう)、1日数本の速達列車をアピールするよりは、「1時間ごとに特急列車の停車があって、少なくともこまめに乗客を拾う」路線に、JR四国自体が完全に転換してしまっていますので、今更時計の針を戻すことも、できないのでしょうね・・・。


> (※同じ2時間35分だけで比較するならば、伊予ICから無停車で高速道路を使って東に向かうと室津PAの少し手前なのが何とも・・)
結局、山を貫き高架で一気に抜ける“平成の高速道路”--しかも、今治を経由しないという意味でも、距離が短い--と、海に沿って曲線だらけの線路を必死で走る“昭和の鉄道”を、同じ土俵で比べるのが、間違いなのかもしれません・・・(これは、年に何度か用務で乗車する、「こうのとり」号や「はまかぜ」号と高速バスの関係でも、思うところです)。
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“令和”への改元を機に、これまで以上に“埋没”する微妙なブログを目指してまいります。こんな“ネット世界の辺境”にまでお越しくださいましたみなさま、誠にありがとうございます。

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