変わりゆく松山運転所

先日、「内子・大洲町並散策1日パス」を利用して、内子町の町並散策と、「伊予灘ものがたり・道後編」の旅を敢行してきたことがありました

その際、JR松山駅までは伊予鉄バスで乗り付けたのですが、タイミング悪くというか何というか、乗車予定の「宇和海」号の発車時刻まで少し時間が空きました・・・。

・・・ということで、しばらくぶりにJR松山駅と、隣接する松山運転所の外周をぐるりと回ってきましたので、そのときの記録です

※以下の画像は、すべて“敷地外”からの撮影です。




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さて、まずは駅の北側に回り込みまして、踏切を渡ります。
踏切の傍らに更地が広がっていますが、もともとは住宅が建っていました。
高架化事業にともなう用地買収によって、どこかへ移ったのでしょうか・・・。

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その踏切から、駅と運転所を望みます。
東側(画面左側)が松山駅のホーム、西側(画面右側)が松山運転所です。
かつては全国各地にゴロゴロしていた、

主要駅に隣接する車両基地

・・・ですが、駅の高架化や再開発などによって郊外に移転することも徐々に出てきているようで・・・(四国内でも、高知運転所がそのパターンで移転しました)。

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運転所の北西にやって来ました。
松山駅のホームが一望できます。

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運転所の敷地を囲うコンクリートには、竣工年とおぼしき年月が記されています。
すでにこの構造物ができてから50年近くの年月を重ねてきているようですが、松山運転所(←松山気動車区←松山機関庫)の歴史は、国鉄松山駅の開業以来(昭和2(1927)年以来)となりますので、90年に及ぶことになります。

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普段は3番乗り場に隣接する線路に留置されていることが多い8000系の予備編成が、珍しくこんなところにいました・・・。

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こちらは、普通列車用の7000系電車とキハ32形気動車。

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そして、キハ54形気動車。
松山運転所の一般形車両は、7000系、キハ32、キハ54の三系列しか存在しません
(細かいことを言えばキハ185系3100番台車もいますが・・・、純然たる“一般形”と言えるかというと・・・)。

四国の非電化区間で“主力”となっている1000形、1200形、1500形は、いずれも松山には縁がありませんね・・・
(むしろ、これらのJR世代の気動車によって追われたキハ32とキハ54が、“玉突き”的に松山に集められているという、この現実)。

これは、松山以西(より厳密に言うならば、非電化区間となる伊予市以西)の各駅のホームがかさ上げされておらず、ステップのないJR世代の気動車をそのままで入線させることができないから・・・というのが表向きの理由ですが、

JR香川による愛媛への冷遇策だ
愛媛県がJRに“お布施”をしないのが悪いのだ

・・・などと、口の悪いネット民は宣っているとかいないとか・・・。


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そして、もう一つの主力系列が、「宇和海」号を担当する2000系気動車です
(なお、8600系には予備車が今のところいないため、検査や突発的な運用変更、あるいは多客期恒例の8000系代走がない限り、松山運転所に昼間いることはありません)。

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ちょうど、松山駅の駅舎(東側)と“線対称”でもなしているかのように、敷地の西には松山運転所の門と建物があります。
ごらんのとおり、結構な年代物です。

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建物の裏側の囲いは、1967(昭和42)年製のようで・・・。

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地名プレート。
このあたりの地名を「南江戸」というのですが、江戸と何か関係があるのでしょうかね・・・。

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運転所の外周に沿ってさらに南に進みます。
蒸気機関車時代の名残でしょうか、給水塔が今も残されています
(さすがに、高架化工事と運転所移転とともに“消えゆく”運命にあるのでしょうが・・・)。

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運転所の南側にやって来ました。
屋根付きのスペースには、8000系の塗装変更車--台湾鉄路管理局800型カラー--が休らっていました。

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運転所の南の端にやって来ました。

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転車台付近には、ある意味で松山運転所の“異端児”ともいえる、2005号が休らっていました


(画像は“ドキンちゃん号”時代の2005号・・・別物すぎる!
2年前(平成28年)の3月までは、長きにわたり“ドキンちゃん号”として、予讃線アンパンマン列車を支えた車両ですが、「しおかぜ」号からの2000系撤退を受けて一般色に戻されました

その段階で、僚友だった2004号--旧・ばいきんまん号--と同じように、高知運転所に転属してもおかしくなかったのですが、松山運転所には振子指令制御装置(CC装置)を搭載した2150形の配置に余裕がないこともあってか、今も松山運転所の配置となっています
時折「宇和海」号に突発的に入ることで、通常は全列車モノクラスのはずの「宇和海」号に、“隠れグリーン車”が登場することもあるそうです。

そして、時折予讃線と土讃線をはるばる移動して、高知運転所担当の「南風」号の仕業に混じっていることもあるとかないとか
(配置数がぎりぎりの2000系のこと、この2005号は、松山・高知両運転所“共通”の予備車という位置づけです)。

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車庫の中で、直線のレールに乗っているはずなのになぜか“傾いている”2000系気動車。
中間車である2200形か、多客期増結用の2100形でも留置されているのだろうか・・・と思って、よくよく見てみますと、

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TSE編成の一員であるはずの、“2101号”ではありませんか!
(他の2100形と異なる定員と、平成1年のプレートがその証拠)


昨年(「バースデイきっぷの旅」にて)乗車した際にも確認しましたが、2001号や2201号と異なり、この2101号だけ全般検査の期日が古く(平成21年11月と、実に8年以上も“前”)、長年にわたる酷使で老朽化が進んでいることもあって、行く末が注目されるところです・・・。

他のTSE車両は目視の限り見受けられませんでしたから運用に入っているのでしょうが--もちろん、車庫の奥にいると敷地外からは見えないのですが・・・--、2101号、再度の全般検査入りはあるのか、あるいは(2600系の営業運転開始によって)余裕が出る2000系一般車なり、N2000系一般車によって置き換えられるのか、気になるところですね
(平成30年2月27日追記:JR四国より、3月ダイヤ改正におけるTSE編成の引退が、公式に発表されました)。

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そして、車庫の中にぽつねんと鎮座している“小ぶり”の車両・・・。

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やっぱり、「しまんトロッコ」用のトラ45000形(トラ152462)でした

「しまんトロッコ」号の運転期間中は宇和島運転区に常駐していますが、運転されない期間については所属区所となる松山運転所で冬眠しているようです・・・
(たしかに、真冬にトロッコ列車を走らせても、あまり乗客はいなさそうですしね・・・)。

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さて、予讃線の本線をアンダークロスして、駅に戻りますよ。

どうでもいいのですが、このアンダークロス、松山空港へ向かう(いわゆる)新空港通りにつながる道路で、それなりに交通量は多いです。
そういう事情もありまして、確か平成の初頭に、わざわざ地下を掘ってまでアンダークロスによる立体交差にしたのですが、そのときにはまさか松山駅が高架化されるとは誰も思わず・・・

駅が高架になってしまうと、わざわざ地下を掘ってまでアンダークロスさせる理由はなくなりますので、おそらくは埋め戻されると思うのですが、(建設時には予測がつかなかったであろうとはいえ)壮絶な“無駄”ですね・・・




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さて、予讃線の東側に回り込みました
(運転所の敷地としては、南東の端となります)。

高校生の通学ラッシュ時以外“車庫のヌシ”と化している、キハ185系3100番台車がいました。
ごらんのとおり、特急形として生まれたキハ185系を、最小限の改造で一般形車両にしたものです。

最小限の改造・・・というか、座席のリクライニング機構を殺して、テーブルを撤去して、枕カバーを常備形のビニール製のものにした以外に、何かアコモデーション上の変更、ありましたっけ?
(キハ58系をはじめとした一般形気動車と併結できるような改造と、前面への行先表示器の設置も行われてはいますが・・・)


よく、18きっぷの旅などにおいて“乗りドク車両”と紹介されていますが、リクライニングさせることを前提としている座席に、リクライニングなしの直立状態で座るわけですから、そこまで絶賛できるほどの“乗りドク”車両とは思えません

まあ、予讃線松山以西の気動車列車、この系列を除くとオールロングシートのキハ32形かキハ54形にしかなりませんので、それと比べると“著しく乗りドク”とも、いえそうですけどね・・・
(余談ながら、伊予灘に沿って走る予讃海線を、クロスシートに乗って進むことができるのは、この系列が充当されるごく一部の普通列車のみです・・・)。

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キハ185系3100番台車は“7両”のみの配置ですので、どうしてもキハ32やキハ54の方が存在感があるというか、目立ちます。

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おやおや、運転所から2000系の3連が引き上げ線にやって来ましたよ。
時間から考えると、これから乗車することになる「宇和海15号」(松山13:24発)となる編成のようです

そろそろ、駅に戻らないといけませんね。


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さて、最後の締めは松山駅の南東にある貨物駅です。
松山駅発着の貨物列車は、今となってはわずか“1往復”でしかありませんが、それでも地道に運転が継続されています。

変電所容量の制限・・・という説もあるのですが、未だに国鉄形のEF65形が使用されています
(ただし、発車は夜間、到着は早朝・・・ということで、予讃線の走行はどちらにしても“夜”となり、走行写真は非常に撮りにくいです・・・)。

この“四国運用”があるからこそ、新鶴見のEF65形が東海道本線や山陽本線を未だに疾走しているのだ・・・という説もあります。

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1往復しか貨物列車がないこともあってか、設備は比較的コンパクトです。
列車の到着後/発車前には、EF65形が器用に立ち回って入れ換えを行うとか・・・。

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そんなコンテナの傍らには、椿の花が咲き誇っていました・・・。




こうして、駅と運転所の敷地をぐるりと一周して、松山駅に戻って、「宇和海15号」にて内子へと旅立ったのでありました・・・。

松山運転所については、松山駅の高架化にともなって郊外(北伊予駅の南)に移転することが既に決定しています。

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移転工事そのものは遅々として進められていたのですが、“ようやく”というか“とうとう”というか、新運転所の建物の建設も本格化してきたようです。
したがいまして、現状のように運転所を(敷地外からとはいえ)身近に眺めることができるのも、せいぜいのところあと“数年”というところでしょう。

眺めることができるのも今のうち・・・ですが、時々眺めてみると、面白い発見がある・・・かも、しれません。
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No title

ルポありがとうございます。

松山貨物駅のルポは貴重ですね。

写真のEF65-2050は確かに新鶴見所属ですね。
四国対応なら吹田か岡山に配置して、と思うのですが
今のEF65の運用は関東近郊がメインですからそうせざるを得ないのでしょう。
ただ1往復しかないなると、ORS化も考えられるのですが、伊予三島がある関係で
難しいのでしょうね。(逆にORS化を推進するJR貨物はドライバー不足に対応出来るのか?
という懸念はありますが)

JR香川云々に関しては、まあ都市伝説の類でしょうが、
その割に東京・新橋のアンテナショップでは呉越同舟しています。
みきゃん先生のカレンダーを無料で貰えるので重宝してますが。



松山貨物駅

イコやんさん、コメントありがとうございます。
松山貨物駅、いわゆる「貨物ターミナル駅」と異なり、間近に眺めることができるので重宝しているのですが、それもあと何年でしょうか・・・(ただし、貨物駅周囲の道路は著しく狭く、歩いていくか、自転車で乗り入れるのが精一杯でしょう(クルマで乗り付けるなんてとんでもない・・・))。

さて、はるばる松山までやってくる貨物列車ですが、予讃線伊予市電化からしばらくは、全区間架線の下をDE10形(JR四国所属機)が牽引していたものの、いつのまにやらEF65形に置き換えられて、今に至ります(ただし、四国内はJR四国の乗務員がJR貨物から委託されて担当・・・だったはずです)。
高松貨物ターミナルや伊予三島・新居浜にはEF210形が入るようになった今もなお、松山貨物だけは新鶴見のEF65形のままです。この運用のためだけに東海道~山陽本線をはるばる四国まで送り込まれるわけですから、おそらく、置き換えたくても容易に置き換えられない何らかの事情があるのでしょう。
もっとも、おかげさまで国鉄世代のEF65形を眺めることができる(ついでに、東海道~山陽本線でも眺めることができる)ということはありますが、かつては「日本最多の電気機関車」の地位を占めていたEF65形も、気がつけばずいぶん少なくなったものです。

思い返せば、新鶴見の特別塗装機(JR貨物試験塗装機)である1059号機や1065号機も、松山で見かけたことが昔ありました(記録画像も撮っているのですが、どこにやったのやら・・・)。


>四国対応なら吹田か岡山に配置して、と思うのですが
10~15年ほど前でしょうか、まだ(新鶴見と並んで)岡山機関区がEF65形の一大拠点であった頃、松山貨物に岡山のEF65形が入っていた時期がありました。
(具体的にいつであったかは記憶がぼんやりなのですが・・・)キリ番の100号機を松山で見かけて、「なんでこんなところにオマエがいるんだよ!」と思ったものです(松山貨物にPF形でなく一般形が入っていたのも、岡山所属機がやってきていた一時期のみでしょう)。もっとも、EF210形が急速に増備されて岡山のEF65形が置き換えられるとともに、また新鶴見からPF形がはるばる四国入りする形に戻されています。

他方で、わずか1日1往復の貨物列車を、東京から機関車を送り込んでまで維持する必要があるのか、(複数の貨物列車が走る)新居浜で打ち切って、そこから先はトラック輸送でも問題ないのでは・・・という見方も、一面では成り立つところです。高架化にともなう運転所移転に合わせて、現在の貨物駅も移転か閉鎖かを決定する必要があったのですが、(詳しい経緯までは知りませんが)結局は(新運転所に隣接する敷地に)貨物駅を“移転”させることが決まったそうで、何だかんだ言っても根強い需要があるものと思われます。

> JR香川云々に関しては、まあ都市伝説の類でしょうが、
> その割に東京・新橋のアンテナショップでは呉越同舟しています。
そういう事情があるんですね。まさに「呉越同舟」ですね(どちらが呉でどちらが越なのかはともかく・・・)。

No title

TSE編成・・・引退のようですね。

引退しますよ

こんばんは。
2000系TSEは今年3月で定期運用終了し
6月の団体臨時で引退の模様です。
JR四国のプレスリリースに掲載されました。

遂に引退ですか・・・

急行いよさん、暇人寮監さん、コメントありがとうございます
(お二方ともTSE引退へのコメントにつき、コメントをまとめさせていただきます。ご容赦ください)。

遂にというか、とうとうというか、ようやくというか・・・TSE引退のときが来てしまいました。
量産車に施行された--といっても、対象は先頭車の一部のみですが--リニューアルの対象から外され、量産車とは定員や使い勝手が何かと変わってくる中で、また、新製時以来過酷な運用に投入され続けた中で(晩年はだいぶ“控えめ”になっていましたが・・・)、よくここまで走り続けた・・・ということに、なるのでしょうね。

6月の団体臨時列車・・・思い入れたっぷりのTSEの“最後の花道”だけに、ぜひ乗りにいきたいのですが、同じようなことを考えている人で競争率が高そうなうえに、6月の金曜日・・・休みが取れそうにないです・・・orz。
プロフィール

キモプアの紙

Author:キモプアの紙
キモメン兼デヴ兼クソヲタ兼フニーターで当然の帰結として“プア”・・・。略して“キモプア”。
その中でも(まあ、ほかに“キモプア”を自称する物好きもいないでしょうが・・・)選ばれし“逆”エリートゆえに“紙”(ペーパー的な意味で・・・orz)。

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