内子・大洲町並散策1日パスの旅(その③)

「その②」のつづきです・・・

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八日市・護国地区の町並散策を終えて、内子駅への帰り道・・・。
乗車予定の列車の到着までにはいくらかの時間的余裕がありましたので、帰り道にある「内子座」に立ち寄ってみることにしました

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幟が立っていると、気分が出ますね・・・。

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街道から少し離れたところに、堂々たる劇場があります。
大正5(1916)年の創建以来、100年以上にわたって内子町を見守っています。

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堂々たる劇場です。
パンフレットによると、国の重要文化財に指定されているそうです。




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それでは、受付で400円の入館料を支払って、中に入ります。
1階から回るのが順路のような気もしないでもありませんが、何とかとかんとかは高いところにのぼりたがる・・・の法則(?)により、先に二階に上がってしまいました・・・。

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舞台を一堂に見下ろせるのも、気分がいいものですね・・・。

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一階、二階ともに客席がありますが、大正時代によくぞこの規模の劇場を、しかも山間部に造りあげたもので・・・。
それだけ、蝋燭を主体とする産業で、この時代の内子が栄えていたことの証なのでしょう・・・。

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町並保存地区をひたすら歩き回っていたこともありまして、二階の観客席に座って一休み・・・。

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一休みした後、舞台に降りてみました。

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舞台から上を見上げてみる・・・。

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舞台の前方には、一面の観客席。
気分だけは歌舞伎役者です・・・。

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二階にいたときも思ったことですが、木造建築とは思えない広大な空間です。

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舞台の一部は回転するそうです。

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舞台の一角には、記念撮影用の法被(?)が備え付けられていました。



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この内子座については、舞台の地下も公開されていて、立ち入ることができます。
そのことも意外といえば意外なのですが、

舞台の地下を“奈落”ということを、今更のように初めて知った・・・(苦笑)
(「奈落の底」という慣用表現とも関係するそうで・・・)。

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せっかく公開されているので、降りてみました
(後から画像を振り返ってみると、「出口」から降りて、「入口」から上がってた・・・。説明書きはよく読もう・・・orz)。

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「奈落」の説明書き。

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回り舞台の真下付近にやってきました。
「せり」・・・って、「せり上がる」の語源はこれかよ?!
(またひとつ暴露される“無知”・・・)

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「奈落」といい「せり」といい、無知は恐ろしいというか、実際の姿を目の当たりにすると、“実感を込めて理解できる”ものですね・・・。

とりあえず、「奈落の底」にはあまり落ちたくないものだと、あらためて実感しました。


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最後に改めて舞台を振り返りつつ・・・

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退館しました。
地元の人々に大切にされながら、これからも姿を留めてほしい、堂々たる劇場でした。




さて、町並保存地区への“往路”に立ち寄っているので、順序としては入れ替わりますが、記事の分量バランスの関係上、ほかに訪ねたスポットについてもこちらで整理しておきます

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内子駅から町並保存地区への道のりにある八幡神社。
せっかくなので、簡単にお参りさせていただきました。

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境内はこぢんまりとしていますが、だからこそ「地域で大切にされる神社」ということを実感できる・・・という面もあります。

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久しぶりに内子を訪ねることができたことに、感謝。

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なお、境内の堂々たるイチョウの木。
内子町の天然記念物だそうです。
秋に来ると、見応えがあるのでしょうね・・・。

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また、同じく町並保存地区への道沿いにある妙に堂々とした建物。
「内子町ビジターセンター」を名乗り、観光客に対応する拠点だそうですが、もとは警察署だとか・・・。
このときは特に立ち寄ることもなく前を通り過ぎただけですが、事前にここで情報を仕入れておいた方が、有意義な観光ができるのかも、しれませんね・・・。




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さて、そろそろ次に乗車する「宇和海19号」の発車時間が近づいてきました(内子15:52発)ので、内子駅に戻るとします。

よく見ると、駅前にはバス乗り場があるのですが、過疎化とクルマ社会化の影響をまともに受けているのか、本数はきわめて少ないです。
かつては伊予鉄バス(伊予鉄南予バス)や国鉄~JRバスの拠点だったはずですが、いまでは内子町営バスが、本数的な意味では主力です
(国鉄バスの栄華も、今や昔ですね。現在ここを発着するJRバスは、「松山エクスプレス大阪」号の夜行便のみです)。

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さて、改札で「散策1日パス」を提示して、ふたたびホームに上がります。

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先程までウロウロしていた内子の町並が眼下に広がります
(・・・といっても、住宅に遮られて町並保存地区の様子・・・よくわかりませんけどね・・・)。

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ふと線路を見下ろすとキロポスト。
高松駅起点で231km・・・ということで、ふと思い出したのですが、

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駅前に保存されているC12形・・・“231号機”ではないですか!
(もちろん、C12形が活躍していた時代には内山線は開通しておらず、高松駅から内子駅までの営業キロは231kmよりも“長かった”--それ以前に、旧・内子線の起点は五郎駅なので、五郎駅を起点とした距離を示すキロポストしか、旧・内子駅にはなかったはず--はずですから・・・、偶然の一致なのでしょうが、それにしては“できすぎた偶然”ですよね)。

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・・・そんなことを思っていると、松山駅からやってきた「宇和海19号」が到着です。
それはいいのですが、



真っ昼間の宇和海号が“2連”というのは何事か!


・・・土讃線の高知以西や高徳線よりは、予讃線松山以西の方がまだ輸送密度は高いはずなのですが、とんでもない仕打ちですね・・・
(もっとも、昼間の宇和海号で2連なのは、この19号のみのようです(あとは、最終の33号も2連ですが、こちらは深夜で乗客の絶対数が少ないでしょうから・・・))。

内子まで乗ってきた「15号」(2000系3連)は、自由席で3~4割程度と“ゆとりある”状況だったのですが、同じような数の乗客が2連--しかも、2両とも先頭車なので定員が少ない--に詰め込まれると、混雑率が一気に上がります。
・・・とはいえ、2連でも全員が座ることができる程度なのですから、そのうち、宇和海号も2連が当たり前・・・という時代が来るのかもしれません・・・。

ともあれ、完全に空いている席を探すのは少し苦労しましたが、なんとか2号車の半室自由席に空席を見つけて、座ります。

もっとも、

内子~伊予大洲間の所要時間・・・わずか“8分”なんですけどね・・・
(別にデッキに立っていてもよかったのですが、どうせ空いているなら座っていくで!)。

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かくして、わずか8分の旅を終えて、「宇和海19号」は定刻通り16:01に伊予大洲駅に着きました

「その④」につづく・・・
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キモメン兼デヴ兼クソヲタ兼フニーターで当然の帰結として“プア”・・・。略して“キモプア”。
その中でも(まあ、ほかに“キモプア”を自称する物好きもいないでしょうが・・・)選ばれし“逆”エリートゆえに“紙”(ペーパー的な意味で・・・orz)。

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