リニア・鉄道館探訪記(29年夏・その④)

「その③」のつづきです・・・

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建物の南側は、在来線一般形車両と機関車が展示されています。
クハ381形トップナンバー車の隣にいるのが、“流電”として名高いモハ52形の004号車。

戦前の京阪神を駆けた急行電車--戦前においては“電車”とつけば急行料金は不要--でして、言ってみれば

新快速のご先祖様

・・・というところでしょうか。
晩年は飯田線で過ごした縁で“佐久間レールパーク”に収蔵され、めぐりめぐってここ“リニア・鉄道館”を安住の地としています。

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室内は堂々たるクロスシート(ボックスシート)が並んでいます。

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大型のガラス窓をおいそれと製造できなかった戦前ゆえ・・・なのでしょうが、4枚の小窓が並ぶのも、それはそれで優美なものです。

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白熱灯の照明が、ノスタルジーに浸らせてくれる・・・ような気がしました。

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そのモハ52形の後ろには、“2代目・湘南電車”こと、111系の先頭車、クハ111形のトップナンバー車がいます。
湘南色というかカボチャ色というか・・・も、今となっては稀少品です。

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そして、大型の前照灯も・・・。

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国鉄時代には全国各地にゴロゴロ存在していた3扉セミクロスシート車。
この室内レイアウトもまた、急激に数を減らしています。

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そして、クソ狭い(苦笑)ボックスシートも・・・
(夏に18きっぷで赤穂線を抜けた際に、たまたま湘南色の115系に遭遇したのですが、4人びっちりと座るとクソ狭いこと・・・(なに、オマエが1.5人分くらいスペースをとっているのが悪いんだって・・・? そう言われると反論できないけどな!))。

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妻面。

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モハ52形の隣には、“最初期の電車”こと、モハ1形(1035号)がいます。
“形式 1”という表記の潔さよ・・・。

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旧型電車といえば、モハ52形とクハ111形の“あいだ”に、クモハ12形がいます。
こちらも、飯田線仲間(?)でしたね。
このときは、JR化後に飯田線で復活運転していた頃のヘッドマークが掲出されていました。




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旧型電車の隣には、こちらもJR化後に華麗に復活したEF58形の157号機です。
旧型電機といえばぶどう色でないと落ち着かない・・・などと、旧型電機の現役時代をまともに知らない世代が言っても、説得力はないかもしれません・・・。
他方で、“世代を超えた様式美”という見方も?・・・できるのか???

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出力的には旧世代・・・なのかもしれませんが、長大な車体にすらりと鼻筋の通った前面・・・と、国鉄電機でもっとも優美なスタイル・・・に思えるのは、気のせいでしょうか
(一般形の157号機でそんなことを言っていたら、伝説のお召し機である61号機の現物を目の当たりにしたらいろいろチビリそう・・・(苦笑))。

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機関車らしく(?)、客車を連結した状態で展示されています。
連結されているのは、かつて急行列車の主力を務めた44系客車のスハ43形321号車。

整然と並ぶボックスシートは、やはり111系電車あたりと比べると“格”を感じさせます
(用途が違うのだから単純に比較するのが誤りという説もあり・・・)。

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手すり・・・と見せかけて、ヘッドレストなのだそうです。
これに頭をもたれさせて“休まる”のかはともかくとして、そんな細かいところでの差別化も、急行形車両のゆえなのでしょうか・・・。

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一番南側には、これまた“飯田線仲間”である、ED11形電気機関車とED18形電気機関車が展示されています。
どちらも“2号機”であるのは、偶然の一致なのか何なのか・・・。

また、クモハ12形と同様に、ED18形2号機には、飯田線時代のヘッドマークが掲出されていました。

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そして、ED18形の奥にいるのが、C57形139号機。
名古屋機関区の所属機としてお召し列車の牽引実績もあるそうで、お召し仕様が再現されています。

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C57形の奥にいるのが“蒸気動車”、ホジ6014号。
車両の一角にボイラーを設置して蒸機で自走するという、何というか、明治・大正らしい発想の車両・・・ということになるのでしょうかね(ディーゼルエンジンやガソリンエンジンの普及は、もう少し後のことになりますし・・・)。

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ダブルルーフの車内に、リアル吊り“皮”というところに、時代を感じさせます。

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なお、普段は室内非公開ですが、奥の展示線にも歴史的な車両がゴロゴロと・・・。
線路は展示スペースとつながっているので、その気になれば入れ替えることもできるのでしょうが、模型のようにホイホイとも・・・いかないのでしょうね。




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順序は前後しますが、訪問時には2階の「体験学習室」が閉鎖されて、企画展が開催されていました
(なお、学校の休み期間中などには、体験学習室が企画展のスペースになることが割とあるようです)。

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題して、「ドクターイエローの軌跡」。

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現行の923形の模型。
そういえば、923形のベースになった700系は急速に廃車が進んでいますが、近いうちにN700系ベースの新型ドクターイエローに置き換わるのでしょうかね・・・。

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歴代のドクターイエロー。

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直接の“ドクターイエロー”ではないのですが、新幹線の草創期には、検測車の牽引に大型のディーゼル機関車・911形が活躍していました。
堂々たる箱型車体で、いろいろと事情もあったのでしょうが、在来線の本線用ディーゼル機関車は、どうしてこんなスタイルにならなかったのか・・・とも、思わないでもありません(DD51形も、アレはアレで悪くはないのでしょうが・・・)。

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そういえば、今回はまだ挙げていなかったのですが、リニア・鉄道館にも“ドクターイエロー”がいます。
先代の922形の26号車。
922形はJR東海、JR西日本の両社にいますが、廃車時期の関係なのか、たまたまなのか、この26号車はもとJR西日本の所属車両です。
基本的にはJR東海に所属した/ゆかりのある車両を集めている“リニア・鉄道館”では、“異色”といえるかも、しれませんね
(東海道新幹線も走りまわっていたのですから、“ゆかり”はありましたか・・・)。

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ドクターイエローの車内では、“ドクターイエローのおしごと”にかかわる映像がエンドレスで流れています。
“着席禁止”の車両がほとんどであるリニア・鉄道館において、数少ない“実際に座ることのできる座席”だったりもします。

「その⑤」につづく・・・
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No title

アコモデーションまで徹底的に復元したのがある一方で、塗装のみ復元と言うのもおり不仲とされる「東」に関わる表記に戻っているのもいますね。
落成当初から変化が少ないのはクハ111-1くらいなものでしょうか。網棚素材が木綿から金網になった程度かと。

網棚の素材

リニア・鉄道館に限りませんが、博物館の収蔵車両、確かに「どの程度まで復元するか」は、多分に基準が謎だったりもします。キハ181に関していえば、原形の回転クロスシートなどどこにも存在しないでしょうから、「物理的にアコモデーションを原形にできなかった」という事情なのでしょうが。

また、網棚の素材、私あたりの世代であれば(?)、ことごとく「金網」という印象で(その「金網」も急速に姿を消しつつあるのですが・・・)、旧型車両でようやく木綿というか布・・・という印象があるのですが、111系の世代でも、新製時には木綿だったとは、今初めて知りました・・・(無知)。
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キモメン兼デヴ兼クソヲタ兼フニーターで当然の帰結として“プア”・・・。略して“キモプア”。
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