和田山駅前を散策す

6月の記録を今更でアレなのですが、

往路:全但特急バス
復路:JR特急「こうのとり」号

という経路で、但馬地方某所に出かけてきたことがありました

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その際の復路で、特急料金の節約的な意味で、和田山駅で途中下車してみましたので、そのときの記録です。
いや、大阪駅を基準に考えると、和田山駅までは「150km以内」となり、特急料金が少しだけ“浮く”のですよね・・・
(ちなみに、次の特急停車駅である八鹿駅まで行くと、大阪駅から150kmを超過します。余談ながら、「はまかぜ」号の播但線経由だと、和田山駅の段階で大阪駅から150kmを超過しているのですが、運賃・料金計算の特例により福知山・山陰本線経由の運賃・料金が「はまかぜ」号に限り適用されます・・・)。

・・・ということで、降り立ちましたは、山陰本線と播但線の分岐駅となる和田山駅です。

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山陰本線の普通列車で到着して、乗り継ぎの特急「こうのとり26号」の発車まで少し時間が空きましたので、いったん改札を出てみることにしました。
なお、播但線乗り場には、山陰本線の普通列車と接続する播但線の普通列車が停車中でした。
天井からキハ40系を眺めることってあまりないのですが、ベンチレーターを撤去しているだけあって、すっきりとしています・・・(それこそ、下手な振子式気動車よりも“すっきり”しているのかも・・・)。

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改札を出て南に歩くこと数分・・・。
小高い山のふもとに、製糸工場の跡地があります。

かつては製糸業で栄えたようですが、アジア諸国の追い上げを受けて、もはや日本国内の製糸業は、超高級路線でしか存続できないようで・・・。

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そんな製糸工場の跡地は、今では“神社”です。
年に1~2度、但馬地方に出かける帰りくらいしかお参りすることのできない“にわか”で恐縮なのですが、せっかく来ましたので、お参りして帰ることにします。

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本殿にお参り・・・。

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こぢんまりとした神社です。
大きな神社にお参りするのもいいものですが、こうした“地域の氏神様”ともいうべきこぢんまりとした神社も、日本人たる者、大切にしたいものです。

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神社の一角にある時計。
そういえば、「神社」と「時計」って、なかなか“ミスマッチ”なような気もします。

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丁寧に彫られた龍(私の腕では迫力が今一つ伝わらないのはともかくとして・・・)。

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神社の境内が“プチ公園”になっているのも、地方の氏神様的な神社ではよくある光景です
(地元・松山の実家最寄りの神社も、このタイプです)。

もっとも、18時を回って夕食どき・・・ということもあってか、子供の姿はおろか、誰の姿も境内で見かけることはありませんでした・・・。


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苔むす灯籠の先の神は、何を思うのか・・・。

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続く石畳の先の神は、何を思うのか・・・。

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“人の身”には、与り知れぬところなのかも、しれませんね・・・。




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さて、段々暗くなってきましたので、神社を辞して駅に戻ってきました。
縦長の信号機を見ると、「雪国に来たなぁ」・・・と、勝手に旅情にふけることができます
(いや、業務の関係上、降雪期にこのあたりに来ること、ないんですけどね・・・orz)。

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そんな駅の一角が、お子様向けに整備されていました。

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かつての留置線か何かなのでしょうかね。
現在ではこのレール、本線にはつながっていません。完全に“オブジェ”です。

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錆びたレールは、何を思うのか・・・。




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再び改札をくぐり、乗車する「こうのとり26号」を待ちます。
レールが剥がされただだっ広い構内に、SL時代には活気を誇っていたであろう機関庫。
かつての豊岡機関区和田山支区~豊岡鉄道部和田山支区時代の栄華も、今や昔・・・のようです。

この機関庫、ここ数年、ずっと“屋根の落ちた”状態になっています。
どうにか復元しよう・・・にも、そこまでの費用をかけることもできなければ、(梅小路や津山の扇形機関庫のような)文化的価値も高くない・・・という事情なのでしょうが、見ていると“やるせなく”なりますね・・・。

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そんなことを思っていると、「こうのとり26号」が到着するようです・・・

(時系列としては、「ライバル乗り比べ記②」の「こうのとり26号」につづく・・・
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No title

駅前は閑散としていますね。イオン周辺なら多少の人通りはありそうですがw
播但線に使用される普通列車のディーゼルカー、今は姫路まで行くこともありませんので豊岡で給油します。
そのため和田山~豊岡間回送列車として走る姿も見掛けますが、非電化の頃は客車列車以外は急行DCの間合い運行による僅かな本数しかありませんでしたので、意外とキハ40系ほか一般型と称される類の車両は珍しいものなのです。

地方の駅前

ねるねるさん、コメントありがとうございます。
確かに、和田山駅前・・・見事なくらい何もなかったですね(人通りは、帰宅の高校生くらい?)。
和田山に限りませんが、地方ローカル線の場合、駅前よりも国道沿いや高速道路沿い(の、巨大ショッピングセンター)の方が栄えているというのが、悲しいかな現実なのかもしれません。

また、和田山~豊岡間を回送しているキハ40系、確かに時折見かけます。
列車本数の少ない区間のこと、回送するくらいなら客扱いすれば数人くらいは(?)乗っていそうなものですが、どうなのでしょうね。

No title

ミニ公園の線路ですが、飼料用ホッパーの跡地あたりでしょうか。
以前は斯様に配線されていたようです。
http://senrohaisenzu.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/1979829_c6a1.html

回送列車の営業化ですが、客扱いに要する手間隙が採算取れれば行っているかと。
現状はそこまで必要ないとの判断なのでしょうね。
ラッピング車両もある竹田城観光と合わせ城崎地区へ(から)のアクセス手段として利用するなら、検討の価値ありそうなものですが…。
それならとっくに全但バスが独占していそうですねw

鉄道全盛期

ねるねるさん、コメントと参考情報、ありがとうございました。
今でも(屋根が落ちてしまった)機関庫の周りに名残はありますが、かつての和田山駅、今からすれば信じられないほど広大な構内を誇っていたのですね・・・。
鉄道全盛期の山陰本線の“本気”を目の当たりにした思いです。

また、回送列車の営業化、どのみちワンマン運転でも回送運転でも乗務員の手配は必要なのですし、燃料費等も回送と営業運転で大差はなさそうなのですが、それでも「採算が合わない」という判断なのでしょうね。
確かに、18きっぷシーズンでもなければ、高校生の通学時間帯に外れる時間帯ともなれば、山陰本線(福知山~城崎界隈)の利用率・・・お察しください状態でしょうからね・・・。
並行する全但バスも、ローカル路線については国や地元からの補助でどうにか“もっている”のが実情でしょうし・・・。
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キモプアの紙

Author:キモプアの紙
キモメン兼デヴ兼クソヲタ兼フニーターで当然の帰結として“プア”・・・。略して“キモプア”。
その中でも(まあ、ほかに“キモプア”を自称する物好きもいないでしょうが・・・)選ばれし“逆”エリートゆえに“紙”(ペーパー的な意味で・・・orz)。

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