小冨士山登山記(その②)

「その①」のつづきです・・・

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小冨士山を登ること1時間少々。
標高282mを登り切りました・・・。

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山頂には鳥居。
神社・・・ではなく、勧請所と記されていました。
石鎚山の山岳信仰につながっているようでして、確かにこの建物の正面は石鎚山の方向ですね・・・

今となってはロクに見えませんけどね・・・

(古き良き時代であれば、天候さえよければ石鎚山を遙拝できたのでしょう・・・)。

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そして、人が住んでいる気配が全くないにもかかわらず送電線が伸びていたわけですが、そのひとつの答えになるのが、山頂にあるこの施設。
松山空港に着陸する航空機のための誘導装置のようです。
当然、給電されていなければ機能しませんので、ここまで送電線が伸びているという次第。

今も昔も、松山港に入港する船舶にとって“ランドマーク”になるのが、この興居島であり、島の最高峰--といっても標高282mですが・・・--である小冨士山ですが、船舶のみならず航空機にとっても、ランドマークというか道しるべになっている模様。
時代が海から空に移り変わっても、“変わらないものがある”・・・というところでしょうか・・・。

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そんな施設の傍らには、ひっそりと三角点が設置されていました。
設置するのも(山を登らないとできないわけですから)一苦労だったことでしょうね・・・。

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さて、そんな山頂を西へ進むと、眼前に広がる忽那諸島

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説明板。

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相変わらず笹や雑草に覆われていますが、こちら側の方が“パノラマ”としては良好ですね・・・。

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ふと眼下を見やると、松山(三津浜港)と山口(柳井港)を結ぶ防予フェリーのフェリーが悠々と航行していました・・・。

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相変わらず(?)座面が石でできたベンチが設置されていましたので、貸し切って独り一休み・・・。

なお、島の西側から山頂に登ることは、基本的にはできない模様です
(藪をかき分けてワイルドに(?)登れば、物理的にはできなくはないのでしょうが、登山道の類は東側にしかありません)。


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あまり人の手も入らないのか、いろいろと生い茂っていました・・・。
このときは2月下旬だったからまだよかったようなものの、真夏だったりすると・・・いろいろとエラいことになりそう・・・。

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東側に戻ってきました。
彼方には松山城と松山平野。
笹や木や草が生い茂ってはおりますが、それでも“高いところから彼方を眺める”というのは、山頂からの景色の特権というものですね・・・




さて、あまりのんびりしていると、帰りのフェリーが出港してしまいます
(何せ、一便逃したら1時間から1時間半は待ちぼうけになる世界です・・・)。

・・・ということで、15分ほどの山頂滞在で、下山することにします。
行きはデジイチを抱えていましたが、帰りはデジイチをバッグにしまって(少しでもリスクを減らさないと・・・)、コンデジに切替です。

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行きはよいよい帰りは・・・とはよく言ったものですが、帰りはさすがにスピードが上がります。
足を踏みはずすなどというアホなことをしないように、慎重に慎重に・・・
(なにせ、機材に何かあったら立ち直れません・・・orz)。

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そんななか、途中にこんな分岐標識が。

“笠石さん”って、誰?

・・・ということで、無駄に登ってみました。

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しばし上り坂を登ると・・・

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お社がありました。
このお社が“笠石さん”の模様です。
せっかくここまで来ましたので、しばしお参り・・・。

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ふたたび登山道--いや、下りは“下山道”か・・・--を下り・・・

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ミカン畑に戻ってきました。
だいたい往路の半分の時間で下って来ました。
まあ、上り坂よりは下り坂の方が“ラク”なのは確かですが--それは人間も鉄道車両も同じの模様--、他方で、暴走したり脱線したりしないように、それなりに慎重に下ることも怠ってはなりません・・・。
まともな健常者であれそうなのですから、BMI30オーバーのクソデヴであれば、なおのこと・・・orz

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眼下には、泊港に停泊中のフェリー。
このフェリーが出港する前に戻らないと・・・(逃したら1時間待ちぼうけですよ・・・)。

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農道と登山道の交差点に戻ってきました。
あの山頂から一気に下りてきたと思うと、感慨深いやら空恐ろしいやら・・・。

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ミカン畑を抜けて・・・

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路傍の花に癒やされていると、港から響く汽笛。
出港間近のようです・・・。

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泊港に戻ってきたときには、出港5分前というところでした。
間に合ったようでやれやれ・・・。
それにしても、背後の山の山頂に登り、そして下りてきたのかと思うと、

我ながらようやったわ・・・

・・・と、思うことしきり。
結局、下山にかかった時間は--途中“笠石さん”に立ち寄ったということはあるとしても--、40分ほどというところでした。

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どうにかこうにか、泊港15時ちょうど発のフェリーに間に合いました。
背後の小冨士山が遠ざかっていきます・・・

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このあとは、フェリーを下りて高浜駅に移動し・・・
(駅名標も“チャレンジ”されると味気ない・・・)

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伊予鉄道電車・バスを乗り継いで帰りました
(700系も“チャレンジ”されてしまってこんなことに・・・)。




・・・ということで、松山人であれば割と存在を知っている割には、実際に登った人はそんなに多くないであろう--だいたい、私自身40年くんだり無駄に生きていて、生まれて初めて登ったレベルですし--小冨士山に登ってきた記録でした。

登山道が近年整備された・・・とはいっても、ところどころ足場があまりよろしくないところもあり、本格的な山登りというほどではありませんが、勝山(松山城のある山)などとは比較にならないほど“山登り”です。
ロープウェイやリフトの完備した山と比べる方が著しく間違いであるという説もありますが・・・。

私自身が登った“似たような標高の山”という意味では、昨年登ってきた竹田城跡(標高353mだそうで・・・)がありますが、あちらは出発点となる竹田駅がすでに標高99mあるので、実際に登る標高差は250mというところ・・・

あれ、あんまり変わらなかった・・・

実際に登ってみて、所要時間は小冨士山に登ったときの方が20分ほど余計にかかっているのですが、勾配はそれほど違わなかったような気がします(竹田城跡については、徒歩ルートのメインとなる“駅裏登山道”の勾配基準)。

他方で、(日本はおろか世界レベルの観光地と化した竹田城跡と比べるのはフェアではありませんが)訪問する人の数は・・・まあ比較にならん罠。

せっかくの景色ではありますが、何せ“歩いて登るしかない”ということもあってか、このときは土曜日の午後でありながら、山頂はもちろん、行き帰りの登山道でも、誰とも遭遇することはありませんでした・・・

2月下旬くらいの時期であれば、虫も蜘蛛も爬虫類も活動していないでしょうからよいのでしょうが、時期によっては蜘蛛の巣や虫害や爬虫類と遭遇しながら・・・ということになりそうなところです。
熊やイノシシに遭遇しないだけマシという説もありますが・・・。

(入場料は取られないので)タダで瀬戸内海と松山平野の絶景を眺めることができるといいたいところですが、野生の力というか、笹に竹に木々に雑草にと、山頂であっても実は案外景色は開けていないという見方も、なきにしもあらず・・・。

まあ、登山道の規模と山頂の空間を考えると、大挙して人が登ってきても、それはそれでエラいことになりそうですから、たまに思いついた人が登る程度の現状が、ちょうどよいのかもしれません

山頂に入場券売り場があるわけでもなければ、下手に展望台が整備されているわけでもなく、あるのは・・・

勧請所(と、航空保安施設)
(あとは、看板とベンチはありますが・・・)

・・・という、実用本位の飾りっ気のない現状が、小冨士山には相応しいのかもしれません・・・

(登山記終わり)
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キモメン兼デヴ兼クソヲタ兼フニーターで当然の帰結として“プア”・・・。略して“キモプア”。
その中でも(まあ、ほかに“キモプア”を自称する物好きもいないでしょうが・・・)選ばれし“逆”エリートゆえに“紙”(ペーパー的な意味で・・・orz)。

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