京都鉄道博物館探訪記(その②)

「その①」のつづきです・・・

入口に隣接する“プロムナード”を抜けると本館の入口が広がってはおりますが、本館に入る前に・・・

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“トワイライトプラザ”にやってきました。
“プロムナード”と同様に、屋根つきの屋外展示ですが、近年まで現役であった「トワイライトエクスプレス」号の車両群がまとまって展示されているため、このような名称となっているようです。

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まずは、実際に「トワイライトエクスプレス」号を牽引していた、EF81形103号機。
現役時代のままの姿をとどめています。

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ただし、掲出されているヘッドマークは、正調「トワイライトエクスプレス」号のものではなく、特別運転時のものとなっていました
(特に説明書きはなかったですが、「京の冬の旅」キャンペーンは国鉄時代の昭和42(1967)年開始だったはずですから、“50回”ということは、平成28(2016)年・・・って、あれ、もう正調「トワイライトエクスプレス」号は運転終わってるやん・・・(→EF81形にこのヘッドマークが取り付けられてるわけ“ない”やん・・・orz)
(ネット上で調べてみたところ、このヘッドマークは、やはり「特別なトワイライトエクスプレス」号で、EF65形に掲出されたもののようです・・・))。

まあ、そんな細かいことを気にするのも、ヲタくらいのものでしょうけどね・・・(大失笑)。

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さて、EF81形の展示されている線路の南端には、現役時代に“羨望の的”であった、オールA個室寝台車こと、スロネフ25形500番台のトップナンバー車です。

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正面から。
こちらは、正調「トワイライトエクスプレス」号のテールマークです。

余談ながら、「トワイライトエクスプレス」号の象徴たる濃緑色の車体・・・AE(自動露出)に任せるとアレな結果にしかならないため、結構なマイナス補正をかけてやる必要があったりもします・・・(苦笑)。

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この展示線、何気にバラスト敷きだったりもします・・・。

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現役時代、大阪駅や京都駅で何度か見かけては、

いつかは“ロイヤル”で北海道に行くのだ・・・
(なお、堂々“おひとりさま”のへっぽこ旅行にしかならないので、“スイート”はどちらにしても考慮に入らない・・・orz)

・・・と思いつつも、(主に金銭的な意味で)野望を果たすことはできず、今や“博物館の収蔵車両”になってしまいました・・・。

・・・というよりは、


ついこの間まで本線上を走っていた車両が、今では博物館の収蔵車両

・・・というところに、どうしようもない“時の流れの残酷さ”を、痛感せずにはいられません・・・。

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中間には、食堂車“ダイナープレヤデス”こと、スシ24形のトップナンバー車が保存されています。
いつかは、食堂車でフランス料理のフルコース・・・という野望も、結局は果たせずじまい・・・orz。

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フルコースについては事前予約制のため必要なかったのでしょうが、パブタイムや朝食時に活用されたであろうレジも、現役時代のままに残されていました・・・。

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ホームを再現したであろう通路には、こんな三面鏡が・・・。
「トワイライト~」世代というよりは、EF58形世代というか、蒸機全盛期の“ホームのお約束”だったようにも思われますが(煤を洗い流す的な意味で・・・)、存在感を放っていました・・・。

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EF81形とスシ24形の連結面。
やはり隙間というか“遊び”が大きく、運転士(機関士)の腕の見せ所だったのでしょうね・・・。

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EF81形の台車。
EF58形とはまた違った意味での“重厚さ”をかもし出しています。

・・・それにしても、(今や少数派になったとはいえ)敦賀にトワイライト色の現役車が残っている状況で、かたや博物館の収蔵車両というのも、不思議な感があります・・・。




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反対側には、国鉄を代表する旅客用電機であるEF58形が展示されています。
国鉄末期に車籍復帰を遂げてJR西日本に継承された150号機です。
現役晩年はぶどう色に塗られていたはずですが、収蔵に際しては青色に戻されました。

19m級の大型、かつ優美な車体は、国鉄において客車列車が頂点を占めていた時代の栄華を偲ばせます・・・。

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前面にあるステンレスの飾り帯・・・何気に“分割構造”になっているんですね・・・。

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従台車。
こんな“重厚な構造”もまた、機関車の機関車たる所以なのでしょう・・・。

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EF58形の隣には、かつて「日本海」号でも活躍した、24系寝台車の開放A寝台車こと、オロネ24形の4号車。

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妻面。
晩年に1往復化されていた「日本海」号はJR東日本(青森)の所属客車が使用されていましたが(機関車は敦賀のEF81形)、会社の境界を越えて譲渡され、ここ京都が安住の地となりました。

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国鉄末期~JR初期には当たり前のように全国をゴロゴロと走っていた“ブルートレイン”も、今や博物館に収蔵される時代です・・・
(腐れ中年としては、“隔世の感”にとらわれずにはいられない・・・)。

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開放A寝台(の、座席状態)。
開放だの個室だのという違いを超えて、今となっては“客車列車”自体がレッドブックに掲載されているような状態です・・・。

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そんなオロネ24形の隣にいるのが、EF65形のトップナンバー機。
つい近年まで、直流電化区間では“当たり前”のように見受けられたEF65形も、今や博物館の収蔵車両です
(この感想ばっかりでアレなのですが・・・orz)。

もっとも、このトップナンバー機については廃車されたのが割と早く、国鉄末期に廃車された後で、宮原で大切に保管されていて、京都鉄道博物館開設を機に、この地に移されてきたとか・・・。

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検査表記とか・・・。
何気に、最後の全検を鷹取工場で受けているんですね・・・。
その意味では、関西の地とは“縁のある車両”といえるのかもしれません
(ご存じの方にとっては今更ですが、かつて神戸市の西方にあった鷹取工場は今となっては閉鎖され、その敷地の大部分は神戸貨物ターミナル駅となっています・・・)。

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国鉄世代のいわゆる“新性能電機”といえば、側面にずらりと並んだエアフィルター・・・。
もちろんフィルターは何も語りませんが、無言にして重ねられた歴史の重みを伝えるかのようです・・・。

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なお、展示線の一角には、このように信号機とポイントの実物が展示されています。




・・・ということで、“プロムナード”と“トワイライトプラザ”の収蔵車両群を眺めてみました。
それでは、ボチボチ“本館”に入ることにします。

「その③」につづく・・・
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キモメン兼デヴ兼クソヲタ兼フニーターで当然の帰結として“プア”・・・。略して“キモプア”。
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