京都鉄道博物館探訪記(その①)

普段は京都住まいの分際で、

今更のように・・・

京都鉄道博物館に行ってきた

・・・ので、無駄に記録を整理することにします。

それにしても、開館からそろそろ“1年”経とうかというのに、また、同じ市内なのに、

今まで私は行っていなかったのかよ・・・orz
(いや、土日祝日には行きたくないし、なかなか平日に丸々休みを取ることができる時期もないし・・・orz)。




・・・ということで、市バスを乗り継いで「七条大宮・京都水族館前」バス停で下車して、梅小路公園を西へ歩くことしばし・・・
(もちろん、市バスでは「梅小路公園前」が最寄りバス停になることは承知していますが、バス停二つ分のために乗り換えるのもアホらしい・・・)

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昼前の京都鉄道博物館・エントランスにやってきました。
平日の11時過ぎということもあってか、それほど人の数は多くありません。

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ロゴマークとか。
プロムナード+本館と、扇形機関庫をイメージしているのでしょう。

東の「鉄道博物館」、中の「リニア・鉄道館」と並ぶ、日本三大鉄道博物館の一角を占める施設です
かつては、大阪の弁天町駅(の、高架下)にありました「交通科学博物館」が、日本三大鉄道博物館の一角を占めておりましたが、交通科学博物館を閉館して、こちらに移転してきたことになります。
このあたりの経緯は、東京の交通博物館を閉館し、さいたまの鉄道博物館に移転した事情と、軌を一にしています。

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エントランスの段階で、プロムナードの展示車両群が一望できます。


・・・では、券売機で入館券を購入して、中に入りますよ。
なお、この日は市バス・京都バス一日乗車券カードでやってきましたので、入館料は1割引の1,080円となります
(券売機で「割引価格」のボタンを押して購入し、入口で対象となる乗車券カードとともに提示して入館)。

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(一日乗車券カードの裏側にも、「京都鉄道博物館」が割引対象施設(優待施設)である旨が記載されています(ただし、この一日乗車券カードは別の日に使ったもの・・・))。




プロムナードに入って真っ先に目につくのは、やはり・・・

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0系新幹線の“トップナンバー編成”ですね
(スペースの都合上、編成のうち4両のみを保存)。

交通科学博物館時代も4両連結状態で保存されていましたが、屋外(ただし屋根つき)展示になって、心なしか開放感が増したような気も・・・。

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交通科学博物館時代から大切に保管されてきただけあって、さすがに良好な保存状態です。

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プロムナードの通路は、ホームを模した高さとなっています。

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1等車→グリーン車である16形のトップナンバー車の車内。
原則として車内非公開というだけあって、相応の保存状態が保たれています。

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“非公開”といいますと、(交通科学博物館時代からそうでしたが)京都鉄道博物館の収蔵車両の車内は、原則として非公開です
この説明書きの通り、車内の環境を良好に保つという観点からすると、車内非公開とするのは、判断としてはまったくもって合理的なのですが、見る側としては物足りなさを感じるところも・・・

特に、東の鉄道博物館や中のリニア・鉄道館が、(収蔵車両の一部とはいえ)積極的に車内も公開していることと比べると、どうしても落差というか、物足りなさを覚えるところですね・・・。

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例外的に、4連の0系トップナンバー編成のうち、22形トップナンバー車の運転室と車内についてのみ、公開されています
(この公開は、交通科学博物館時代からのもの)。

交通科学博物館時代にも何回か座ったことがある同車の運転席ですが、見える光景は激変しました・・・。

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同車の客室部分は座席が撤去され、展示スペースとなっています
(これも、交通科学博物館時代からのもの)。




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他方で、反対側にはC62-26が静態保存されています。
このカマも交通科学博物館から移設された車両ですが、ここ京都には、梅小路蒸気機関車館時代から保存されているC62-1、C62-2もいますので、

国鉄最大の蒸気機関車の保存車が、実に3両も集結している


・・・という、豪華極まりないことになっていたりもします・・・
(C62形の保存車は全国で5両のはずですから、実に6割がここ京都に集結している・・・と)。


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C62形の背後には、旧型客車群。
交通科学博物館から移設された、マロネフ59形とスシ28形です。

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マロネフ59形の3軸ボギー台車。
在りし日は、“トントントン・・・”と、小気味よいジョイント音を響かせていたことでしょう・・・。

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スシ28形の食堂部分。
“食堂車”も、遠くになりにけり・・・です。




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中線(?)には、80系電車のトップナンバー車が保存されています。
この車両も、交通科学博物館から移設された車両です。

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スペースの都合上、少々間の抜けた様相を呈していたりもします・・・。

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その80系電車の先には、こちらも交通科学博物館からの移設組、DD54-33と、ナシ20-24が展示されています。
交通科学博物館時代には全く別のスペースに展示されていた両車ですが(DD54形については、本館から少し離れた別館にて展示されていました)、京都に移ってからは、このように連結状態です。

また、交通科学博物館時代のナシ20形は、“軽食堂”(平日等の閑散期については弁当販売のみ)としても活用されていて、昔行ったときにはカレーライスを食べてみたり、(平日で食堂の営業がなかったときには)販売されていた駅弁を食べたこともあったものですが、

“駅弁食事スペース”としての機能は、現在でも有しているようでした
(ただし、駅弁の販売は車外の売店)。

ちょうどお昼時で車内は割と混んでいましたので、このときは駅弁を食することは見送っております・・・orz。

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この2両、何気に連結されているのですが・・・

連結器の隙間(遊び)は、割と大きいですね・・・

(これなら、客車列車が発車するときに衝撃が伝わるのもしかたない・・・? いや、上手い機関士ならばスムーズに引き出すんですけどね・・・。そういえば、昔「ムーンライト松山」号に何回か乗車したときに、四国のDE10を担当する機関士(運転士)と、西日本のEF65を担当する機関士(運転士)とで、エラく発車時の衝撃が違っていたことを、今更のように思い出しました・・・)。




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プロムナードの最後を飾る(?)のは、クハ103形のトップナンバー車です。

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最寄りの京都駅(奈良線ホーム)に出かければまだまだ当たり前のようにゴロゴロしている103系ですが、全国的にはすっかり少数派・・・。
博物館に収蔵されていてもおかしくない車両になってしまいました・・・。

なお、この車両は、(ごらんのとおり)例外的に客室に立ち入ることができます。
奈良線に乗りにいけばまあ当たり前のように体感できるのでそれほどありがたみもない・・・という説もありますが、車内が公開されていると無駄に立ち入って、座ってボーーーーッとするのも、それはそれでお約束

基本的には、現役最晩年の姿をそのままに伝えています・・・。

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・・・が、広告枠に“飲食禁止”と掲出されているのを目の当たりにすると、“もはや現役ではない”ことを、否応なく実感することととなります。

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運転室は非公開ですが、現役時代の姿をとどめています。

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トップナンバーの証。

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外板塗色は大阪環状線のオレンジパーミリオンとなっていますが、最晩年は阪和線で活躍していたと記憶しています。
そのため、号車表示が“6号車”のものとなっています
(なお、8連を基本とする大阪環状線で、クハ103形が6号車となることはないですね・・・。昔は桜島線に入る6連の編成も、森ノ宮の103系に少数いたそうですが・・・)。

もっとも、阪和線に転属する以前は大阪環状線でも活躍していたそうですから、その意味ではこの車両がオレンジパーミリオンに塗られても、間違っていないといえばいないのか・・・。

このクハ103-1の座席にしばし身を委ねて一休みした後は、本館に入る前に、屋外の“トワイライトプラザ”を訪ねることにします

「その②」につづく・・・
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キモメン兼デヴ兼クソヲタ兼フニーターで当然の帰結として“プア”・・・。略して“キモプア”。
その中でも(まあ、ほかに“キモプア”を自称する物好きもいないでしょうが・・・)選ばれし“逆”エリートゆえに“紙”(ペーパー的な意味で・・・orz)。

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