福知山駅で見かけたもの

DSC_8107_R.jpg

先日、所用がありまして福知山駅に立ち寄りました。
JR西日本の駅であると同時に、京都丹後鉄道の駅でもあります(いつまで“KTR”のロゴマークが鎮座しているのかはともかくとして・・・)。

最も北側にあるのが、京都丹後鉄道の乗り場なのですが・・・普段は見かけない車両が・・・

時に19時前。
この日は山陰本線の上り最終特急となる「はしだて10号」に乗車する予定でしたので、特急券を入手した後で、ホームに上がってみました。

DSC_8067_R.jpg
KTR001形!!
1990年に投入された、当時の北近畿タンゴ鉄道のフラッグシップであり、バブリーというか、ゼニのあった時代の産物です
(いや、“シップ”じゃないけど・・・orz)。
特急車両を所有する第三セクター鉄道はいくつかありますが、そのなかでも群を抜いて“ゼニのかかっている”車両であるといえます。

最初は京都駅に、のちには大阪駅にと、JR線を延々と走っていたことも、今や思い出ですね・・・。

DSC_8068_R.jpg

DSC_8065_R.jpg
ハイデッカー構造のため、運転室付近の造形は特徴的です。
西舞鶴の京都丹後鉄道の車庫に留置されているところは何度か見たことがあるのですが、運用に入っているところは(恥ずかしながら)初めて見ました。
KTR001形は、現在では定期運用をもたず、予備車扱いです。
主力のKTR8000形が検査等に入っている際の代走にしか使われていないため、見かけることができればラッキー(?)。
ちなみに、このときは福知山19:10発の、「たんごリレー5号」に充当されていました
(なお、KTR8000形の運用のうち、京都丹後鉄道線内のみで完結する運用の代走にのみ、入るみたいです)。

DSC_8076_R.jpg
中間車。
JR線乗り入れ時代には、この車だけが「自由席」として運用されていたものです。
自由席の定員少なすぎだろ!・・・というツッコミがあったからか無かったからか、ピーク時には“2編成連結”で乗り切っていたとか。

DSC_8061_R.jpg
間違いなく“ゼニのかかっている車両”なのですが、3年前に定期運用を降りてからは、西舞鶴の車庫で屋外に置かれているためか、外板の劣化や塗装の色あせもチラホラと・・・。
代走に入ることもなく、ここ最近全く動いていなかった第一編成(KTR001編成)は、先月に福知山の車庫に回送された・・・と、今月発売の某鉄道誌に書かれていましたが、この第二編成(KTR011編成)だけが、今しばらく生き永らえるのでしょうか?

DSC_8060_R.jpg
山陰本線の223系と向き合い、何を語り合うのだろう?

DSC_8070_R.jpg
山陰本線から国鉄形が壊滅状態(113系の“抹茶色”編成は何本かいますが・・・)となった今となっては、KTR001形が“最古参”状態です(少なくとも、福知山に出入りする特急形車両としては“最古参”ですね・・・)。

DSC_8072_R.jpg
大阪からの「こうのとり17号」が到着しました。
かつては、「文殊1号」として、大阪から天橋立まで直通していたスジですが、現在では福知山駅で系統分割されています。
「こうのとり17号」→「たんごリレー5号」の乗継ぎ客がどの程度いるのかはわかりませんでしたが、離れたホームどうし、しかも、独立した京都丹後鉄道乗り場への乗り換えが著しく“不便”であることだけは、間違いなさそうです・・・。

DSC_8129_R.jpg
19:10、定刻通り「たんごリレー5号」は、天橋立に向けて去って行きました。
翌日に用事がなければ、天橋立か、宮津あたりまで乗車してみたかったのですが・・・orz
(まあ、そうもいかんわな・・・)。

内装については確認できませんでしたが、外装の劣化は相当のもので、車齢25年近い(KTR011編成は、1992年製)こともあって、将来の先行きはあまり明るそうにありません。
廃車になる前に、一度くらい乗車したいところですが、何せ“予備車”につき、いつ車庫から出てくるか読めないのが、難しいところですね・・・(そういう意味でも、「少々無理してでもこのときに乗車しておくのだった・・・」と、後で後悔しそう・・・orz)。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

キモプアの紙

Author:キモプアの紙
キモメン兼デヴ兼クソヲタ兼フニーターで当然の帰結として“プア”・・・。略して“キモプア”。
その中でも(まあ、ほかに“キモプア”を自称する物好きもいないでしょうが・・・)選ばれし“逆”エリートゆえに“紙”(ペーパー的な意味で・・・orz)。

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ