松山運転所の周りをウロウロしてきた・・・

年末年始の帰省中の某日。
例によって、松山駅の中にあるキヨスク直営の土産物ショップに手土産を買いに出かけていました。
せっかく駅まできたので・・・ということで、ついでに駅に隣接する“松山運転所”の周りの公道を一周してきましたので、その時の記録です
(以下、すべて運転所の“敷地外”からの撮影であることを、お断りいたします)。

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・・・ということで、やってきたのは、三が日を終えてもなお、“お正月モード”が残る松山駅です。
かつては、駅の一角をキヨスクの土産物ショップが占めていたのですが、四国キヨスクとセブンイレブンの提携により、現在ではセブンイレブンの店舗が存在感を増しています。
まあ、セブン化にともない売上高が激増したのだそうでして(報道されるところによると、“七割増し”とか・・・)、普段使いを大々的に取り込むコンビニ化も、時代の流れなのでしょうかね・・・。

一応、セブンの中にも「お土産物コーナー」はあるのですが、松山に戻ってまでセブンもどうなのよ・・・(京都くんだりでは、それこそセブンは当たり前のようにゴロゴロしているので・・・)というもので、普段はキヨスクが単独で運営する土産物ショップに出かけることにしています。ずいぶん狭くなりましたけどね・・・。

さて、適当に手土産を選んだ後は、駅の敷地に沿って南に進みます。

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まずは、コンテナターミナル。
いや、「ターミナル」というほど仰々しいものか・・・という説もあるのですが、一応は今もなお一日一往復の貨物列車が発着しています。

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東海道・山陽本線筋はEF210形の天下となりつつありまして、四国にも乗り入れてくるにはくるのですが、今のところ、松山駅発着の貨物列車には、EF65形が専従しています。
この日は、2076号機が滞泊中でした。
早朝に到着して、夜の発車まで一休みです・・・。
この“四国運用”のために、東海道・山陽本線をロングランするEF65形が眺められるという説もあるのですが、さていつまで続くことやら・・・。

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もっとも、国鉄形であるのは機関車くらいのもので、搭載するコンテナもJR形ならば、牽引されるコンテナ車もJR形なのが、JR発足後29年目(気がつけば“早いもの”ですね・・・)の現実です(まあ、国鉄形のコキ50000形も時折混じっていますけどね・・・)。

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フェンスに沿って、駅の周りを南へ進みます・・・。

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貨物列車の入換にしか使われない(・・・であろう)転轍機は、昔懐かしい手動式です。

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入換標識。

現在、松山駅は高架化工事の真っ最中--といっても、事実上は移転先の新・松山運転所の造成工事と、一部区間の線路増設工事が先行していて、駅周辺は大きく変わっていませんが・・・--でして、高架化工事が完成した暁には、これらの転轍機や入換標識も、その使命を終えることになるのでしょう・・・
(まさか、今使っているものを取り外して、新運転所に隣接して開設するという新貨物駅に持っていくわけでもあるまいし・・・)。

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フェンス越しに見えるのは、(主に通学需要的な意味での)ラッシュ時御用達のため、昼間は寝ているキハ47形とキハ185形3100番台です。
来るダイヤ改正において、松山から撤退か・・・とも噂される両系列ですが、さて真偽や如何に・・・
(まあ、“伊予灘ものがたり”仕様のキロ47形は残存するので、キハ40系の全撤退とならないことだけは間違いありませんが、非ワンマンであることに加えて、八幡浜以南に入ることができない(入ると低出力的な意味で大変なことになりかねない)キハ47形一般仕様車の全撤退は、大いにありうるかもしれません・・・)。

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運転所の南の端には、予讃線をアンダークロスする道路が走っています。

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20年ばかり前に開通した、いわゆる“新空港通り”の一部区間に該当します。
かつて、このあたりには道路がなく、南側に2車線道路と踏切があった(・・・ような記憶がぼんやりとある)のですが、“新空港通り”の開通を機に、道路がアンダークロスするかたちで立体交差化されました。
松山空港へのアクセスが飛躍的に便利になった・・・と、開通当時は騒がれたものですが、飛行機をロクに使えない私にとっては別にどうでもよかったという説もあり・・・。

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きれいな(?)窪みになっているだけに、大雨の時にはエラいことになるという説もあり。
たかが1mと侮るなかれ・・・実際に1mも水没したら、車が動けなくなることはもちろん、車内に閉じ込められたら大変なことになりかねません・・・(まあ、その前に通行止めにされるでしょうが・・・)。

・・・ということで、おそらくは鉄道が高架化されたら、このアンダークロスも解消されて、埋め戻されることになると思われます
(なんでわざわざ掘ったんだよ・・・というツッコミもあるかもしれませんが、これを造っている頃には、まさか松山駅が高架化されるなんて、多分思わなかったんでしょう・・・)。

歩道も線路をアンダークロスしていますので、予讃線をくぐって、西側に出てみました。

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この日は平日でしたので、“伊予灘ものがたり”仕様のキロ47形が、車庫の奥でお休み中でした。
それにしても、いつになったら乗る機会があるのだろう・・・(割と好調らしく、なかなか空いていないんですよね・・・orz)。

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その隣には、8000系のS編成から外された8300形(7号車相当)が、ポツンと留置されていました。
多客期に限りS編成に連結されるのだそうですが、運転台もなければ、T車につき自走もできないはずなのですが、どうやって編成から抜いて、ここまでもってきているのやら・・・。

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運転所の南西隅の一角には、荷物置き場でも兼ねているのか、国鉄世代のコンテナ(ベストセラーとなったC20形?)が置かれていました。
ほどよく錆び付いているのが、このコンテナの重ねてきた歴史を物語っているかのようです。

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さらには、給水塔。
だいぶ錆び付いています・・・。

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さて、駅本屋側(東側)は、高架化工事進行中といえどもたいして変わっているように見えないのですが、西側は少しずつ変化しているようです。
この一角も、もともとは家屋が建っていたはずですが、更地になっていました。

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こんなプレートがありました。
高架化された暁には、このあたりも様相を一変させるのでしょうね・・・。

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運転所の敷地の壁には、「1967-11」というプレートが埋め込まれていました。
松山運転所(おおもとをたどれば、松山機関庫~松山気動車区)は、松山駅の開設以来、90年近くにわたってずっとこの地にあり続けている(はず)ですが、現在の施設が整備されたのが、この“1967年11月”という時期だったのかもしれません。
それでも、50年近く経っていますけれどもね・・・。

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フェンスに沿って北に進み、運転所の入口にさしかかりました。
駅本屋とは反対側(松山駅の西側)に位置しています。
もちろん、普段は関係者以外立ち入り禁止、このときも外から眺めていただけですが、毎年10月14日の「鉄道の日」前後に行なわれる「ふれあい祭り」(一般公開イベント)の際には、誰でも立ち入ることができるそうです(もっとも、10月のそんな時期に地元にいることはできないので、今までただの一度も入ったことはないんですけどね・・・)。

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松山以西の主力となる、キハ54形とキハ32形がいました。

さらに、フェンスに沿って北へ進みます。

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こちらの転轍機(運転所の北西に位置)は、旅客車が出入りするためか、自動式になっていました。

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駅の北側は、昔ながらの--少なくとも、私が物心ついた頃からずっとこの形です--踏切です。
ちょうど、7000形の普通列車が、運転所から出庫してくるところでした。

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この踏切からは、松山駅と松山運転所の構内を一望することができます。




・・・と、いうことで、駆け足ながら、松山運転所の敷地の周りを一周してきた記録でした。
全国的に、拠点駅と運転所(車庫)は分離するのが時代の流れのようですが--地価の高い都市部に車庫を置くよりも、地価の比較的安い郊外に車庫を設置する方が・・・というのは、理には適っていますが--、ここ、松山駅と松山運転所は、昭和2(1927)年の開設以来、ずっと同じ地でともに歩んできました。

まあ、昭和2年にはもちろん私は生まれていませんが、物心着いた頃から、「駅から少し歩けば、車庫を目の当たりにすることができる」ということで、リアル子どもの頃はもちろんのこと、“大きなお子様”と化した今もなお、こうして時折ウロウロしています。

もっとも、そんな光景も、松山駅の高架事業が完成--4年後の平成32(2020)年らしいです・・・--すれば、“過去の光景”になります(実際、先に高架化した高知駅と高知運転所では、“過去の光景”になりました・・・)。

あと何度、現在の運転所を眺めることができるかはわかりませんが、機会があれば、またウロウロしてみようと思います
(何か変わり種がいないかどうかも含めて(?))。
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キモメン兼デヴ兼クソヲタ兼フニーターで当然の帰結として“プア”・・・。略して“キモプア”。
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