リニア・鉄道館探訪記⑦(27年9月)

「その⑥」のつづきです・・・

メインの展示室の背後には・・・

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内部こそ公開されていませんが、旧型客車から特急・急行形車両、果ては新幹線0系に至るまで、これまた国鉄を彩った車両群が保管されています。

0系はグリーン車とビュフェ車という中間車コンビなので端折りまして・・・(撮るには撮っていますが、何でもかんでもアップロードしていたらキリがない・・・orz)

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“もうひとつの381系”こと、パノラマグリーン車・クロ381形10番台(クロ381-11)です。
JR発足前後の、短編成化・フリークエンシーアップの流れの中で登場した先頭車改造車の一員ですが、国鉄特急形では本来絶望である前面展望にこれでもかと配慮した外観に、登場時は割と衝撃を受けたものです。

また、この手の改造車は塗色変更されるのが常であった中で、JR東海の381系は国鉄色のまま生涯を終えたのも、特徴的でした(のちにJR西日本に登場したクロ381形は全車塗色変更されたので、なおのこと・・・)。

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正面から眺めると、ユーモラス(?)。

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クロ381の隣には、国鉄急行形を代表する165系電車の制御電動車、クモハ165形の108号車が保存されています。
装備されるヘッドマークが時折変わると変わらないとか・・・。

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その隣には、165系のグリーン車こと、サロ165形の106号車が保存されています。
一段下降式の窓が整然と並ぶ姿は、現代でも十分に通用するのではないでしょうか。

ところで、かつて美濃太田駅の構内には、急行形気動車のグリーン車であるキロ28形がながらく保管されていたそうですが、2年前に浜松にドナドナ(笑)され、あえなく解体されたとか・・・。

もちろん、165系電車が名車であることに異論の余地はありませんし、博物館の収容スペースに限りがあることもわからないでもないのですが、日本国内にキロ28形が一両も保存されていないことに、キロ28形の成れの果てであるキハ28形5200番台車に心ときめかせていた四国出身者としては、一抹の寂しさを感じずにはいられません・・・。

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中央に鎮座するのは、国鉄特急形気動車を代表するキハ82形の73号車です。
“四国を除く”全国各地で活躍したキハ82形ですが、キハ82形が投入されることのなかった四国出身者としては、あまりなじみのない形式だったりもします。

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そして、旧型客車が並ぶ一角でひときわ存在感を発揮しているのが、建築限界測定車・・・俗称“オイラン車”。
オヤ31形12号車は、国鉄からJR東海に継承され、JR東海で生涯を終えたそうです。

余談ながら、同形のJR西日本所属のオヤ31形31号車がJR四国に入線した際には、無駄に予讃線の沿線まで見にいったのも、今となっては思い出です。

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ちなみに、車両とは違うのですが、こんなものも・・・。
上下が同じかたちをしている“双頭レール”・・・。
まだレールが高価だった時代に、

“上”が磨り減れば上下ひっくり返して“下”を使えばいいじゃない

・・・と、いわんばかりに製作されたのですが、結局平底レールの方が走行安定性が高いこともあって、明治の早い段階で使われなくなっていったのだとか・・・。よく残っていましたよね・・・。

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2階からこの展示線を見下ろすと、こんな感じになります。

「その⑧」につづく・・・
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Author:キモプアの紙
キモメン兼デヴ兼クソヲタ兼フニーターで当然の帰結として“プア”・・・。略して“キモプア”。
その中でも(まあ、ほかに“キモプア”を自称する物好きもいないでしょうが・・・)選ばれし“逆”エリートゆえに“紙”(ペーパー的な意味で・・・orz)。

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