リニア・鉄道館探訪記⑤(27年9月)

「その④」のつづきです・・・

キハ181系以外の国鉄形展示車両をつらつらと・・・

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キハ181-1の前に展示されているのは、その後継となる(特急列車としては)2代目「しなの」号に充当された381系電車の先頭車、クハ381形のトップナンバーです。

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分割式の特急シンボルマーク。
貫通型の国鉄電車特急形車両にとっては欠かせない装備でした
(同じ貫通型でも、より簡素な貫通扉をもつ気動車の場合は、小型・非分割の特急シンボルマークを装備していました)。

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振子車両らしく、車体の裾は絞り込まれています。

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そして、ころ式の振子機構を内蔵した台車。

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室内は、JRになってから換装されたフリーストップ式のリクライニングシートを装備する、最晩年の姿を引き継いでいます。
JR初期の「リニューアル車」には、こんなフレームを装備したリクライニングシートがよく装備されていたというのも、今となっては思い出です・・・。

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また、381系は新製時、カーテンの代わりに二重窓の間にブラインドを仕込んでいました。
そのブラインドを上下させるのは・・・“ハンドル”!
JR西日本に残存するグループでは横引きカーテンの設置とともにブラインドを撤去しているため、ハンドルは“取り付け跡”が残るばかりですが、もともとはこんな“しかけ”になっていたんですね・・・。

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ちなみに、2階からクハ381形を見下ろしてみると、

ほとんど真っ平らの屋根上
(例外は通風器と避雷器ぐらいでしょうか・・・)

が、よくわかります(後ろのキハ181形が、分散式クーラーてんこ盛りであることと比べると、なおのこと・・・)。
低重心化もここまで徹底すると見事なものですが、JR世代の振子式車両は、クーラーユニットについては屋根上に乗せるパターンの方が多くなりまして、真っ平らの屋根を備えているのは、JR四国の8000系電車くらいのものではないかと思われます・・・。




一方、キハ181-1の隣に展示されているのが・・・

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国鉄近郊型電車といえばとりあえずコレ!

・・・こと、クハ111形のトップナンバーです。
中間の電動車はモーター出力の増大にともない、途中から113系に移行されましたが、113系になってもなお、先頭車はクハ111形が造り続けられていた・・・はずです。

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3扉セミクロスシート。
ボックスシートとロングシートの組み合わせもまた、「とりあえずコレ!」というべきものですね・・・
(もっとも、私のような松山育ちにとっては、3扉セミクロスシートはあまりなじみのないものだったりもします・・・(四国全体で見ても、国鉄最晩年の121系電車によってようやくもたらされたスタイル・・・でしたっけ・・・))。

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そのクハ111形の前に展示されているのは、国鉄はおろか、鉄道省から引き継がれた“生き証人(?)”クモハ12形の41号車(クモハ12041)です。
車内が全体として木製なのは言うに及ばず、雰囲気からして(よく言えば)“重厚”、(悪くいえば)“暗い”ですね。

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床はすべて木製です。

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座席の上の荷物棚を“網棚”と称しますが、最近の車両ではまず“網”になっていることはありません。
しかし、昔はこのようにリアルに“網”であったことが、よくわかります・・・。

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外板に取り付けられた銘板。
これだけでも、この車両がたどってきた“歴史の重さ”がひしひしと伝わってきます。




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(2階から見下ろしてみた・・・)
そのクモハ12形の前には、“流電”として戦前の国鉄電車の代表となった、クモハ52形のトップナンバーが展示されています。

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京阪神を「急行電車」--戦前においては、「電車」とつけば急行料金は不要--として、並走する阪急、阪神、新京阪(現在の阪急京都線)、京阪などとデッドヒートを繰りひろげた名車・・・だったとか。
現代から見れば、「新快速電車の遠いご先祖様」というところでしょうか・・・。

クロスシート主体で、白熱灯主体の暖かい照明、しかも流麗な形状と、“気品”を感じさせる車両です。
なお、上述のクモハ12形と同様、最晩年を飯田線で過ごした縁で、「佐久間レールパーク」→「リニア・鉄道館」と保管場所が移ってきたとか・・・
(ただし、JR化に車籍復活して一時的に自力走行していた(動態保存状態であった)クモハ12形と異なり、クモハ52は廃車後一貫して静態保存という違いがありますが・・・)。

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やっぱり“網”棚です。

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なお、クモハ52形とクモハ12形は、何気に連結された状態になっていたりもします・・・。




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クモハ52形の隣には、最初期の電車ともいうべき、モハ1形が展示されています。

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大正生まれ(大正11(1922)年製)ですから、木が主体の車内であるのはあたりまえなのですが・・・

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ダブルルーフ(二重屋根)であるところに、時代を感じます。
明治~昭和初期の車両は当たり前のように二重屋根でしたが、その後は構造が単純で軽量化にもつながる丸屋根が基本になりました。

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ダブルルーフを外から眺めると、こんな感じ・・・。

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また、木製の重々しい“よろい戸”も特徴的ですが、阪急沿線に住んでいると、“よろい戸”は当たり前のように見かけますので、それほどのカルチャーショックはなかったりもします(もっとも、阪急も近年の新製車ではよろい戸を採用しなくなりましたけどね・・・)。




最後に変わり種。
車両展示室の隅にいる・・・

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パンタグラフはないけれども、両端に運転室のあるこの車両・・・。

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機関室?

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動輪?

・・・この車両の動力の正体は、車内に入るとよくわかります。

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車内の一画に鎮座まします“ボイラー”

・・・ということで、この車両の正体は、電力でもエンジンでもなく、

ボイラーで蒸気を発生させて、その蒸気を動力源とする“蒸気動車”
(ホジ6005形6014号、実に大正2(1913)年製)

・・・というわけです。
鉄道車両用のディーゼル機関やガソリン機関が実用レベルに達する前には、このような車両も製作されていたようです。

もっとも、重量の割に出力も出なければ、コストや効率もよろしくない・・・ということで、本格的に普及するには至らなかったとか・・・。

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室内については、同時代の電車と大して変わりがなさそうですが、

吊り輪ではなく“吊り革”・・・リアルに“革”

・・・というところに、時代を感じずにはいられませんね・・・。

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なんとなく、聳え立つクハ111・・・。

「その⑥」につづく・・・
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キモメン兼デヴ兼クソヲタ兼フニーターで当然の帰結として“プア”・・・。略して“キモプア”。
その中でも(まあ、ほかに“キモプア”を自称する物好きもいないでしょうが・・・)選ばれし“逆”エリートゆえに“紙”(ペーパー的な意味で・・・orz)。

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