伊丹空港の展望デッキより

基本的には鉄道かバスに関心が向かっており、

飛行機に乗ることはほとんどありません

まあ、割引運賃やLCCを駆使すれば、高速バス並み・・・とはいかないにしても、鉄道と同等か、鉄道よりも割安に移動できることも少なくない・・・ということは理解しているつもりですが、

高いところがダメなんだよ! 。・゚・(ノД`)・゚・。 ウワァアアアアァ~~~ン


・・・という、前置きはどうでもいいとして、

先日、所用がありまして伊丹空港にお見送りに出かけていたのですが、めったに行かない空港にやって来た・・・ということで無駄にテンションを上げて、ターミナルビルの屋上にある展望デッキに行ってきましたので、その時の記録です。




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・・・ということで、とりあえずJALとANAの並びから。
なお、航空機についてはほぼずぶの素人につき、機種がどうこうとか何とかということはまずわかっていませんので、あしからず。

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ANAのプロペラ機。

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JAL(の子会社?)のプロペラ機が、滑走路を疾走していました。

以下、滑走路を疾走している機体いろいろ。

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J-Airの機体が着陸態勢。

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どこへ行くのかは知りませんが、上昇中・・・。

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先程滑走していたボンバルディア機が、どこかへと去って行きました。
小さいといえば小さいですが、300mm(35mm判換算450mm)ズームで、これがいっぱいいっぱいです。

周りでデジイチ(中上級機)抱えて撮影されているみなさんの

大砲レンズ

と比べると、“しょぼすぎてゴメンナサイ”レベルです罠・・・
(エントリー機とキットズーム(のばらしを中古品で買ってきている)の時点で)。


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夕陽が沈んでいきます・・・。




日が暮れました。

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夜になっても、さすがに関西の国内線の拠点空港だけあって、便数は多いですね(小並感)。

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眼下では、誘導員氏が大型機の最終誘導中・・・。

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羽田から(たぶん)の、スター・アライアンス塗装の777の到着です(さすがに、この大きいのが777であることは理解している模様・・・)。

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せっかちな乗客が続々と降りてきておりました・・・。

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駐機スポットを照らし出す照明灯。

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住宅密集地に囲まれた伊丹空港は、20時を回るとほとんど出発便がなくなります。
出発便がなくなる頃と軌を一にするかのように空港内の諸施設は営業終了・・・。
明かりの落ちた展望デッキを、去って行ったのでありました。

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No title

飛行機の話が掲載されるとは想定してませんでした、
高いところが苦手と言わずたまにはいかがですか?

ちなみに
JAL 777-200 ANA 737-800(正面なのですこし分かりずらい)
ANA Q400(いわゆるボンバル機)
JAC SAAB340
ANA Q400
ANA 767-300
J-AIR CRJ200(これもボンバルディア)
JAL 777-200 東京羽田便。
ANA Q400

だと思われます。
最後のほう、頭隠れたのが多分767-300 後ろは分からない。
特別塗装のはANA 777-200っぽいです。

そういえばエアバス機が一つもないです。偶然でしょうか?
LCCだとほとんどA320ですから関西ならともかく伊丹では見かけにくい機材なのでしょうか。
しかし伊丹はさすがですね、名古屋中部では国内線で777を原則投入しない(以前はあり)のでめずらしいです。小牧は小型機のみ。
そういえば11月頭に搭乗(小牧-高知)したのはERJ170と175、話題のMRJのライバル機。ちっさいけれど室内が広いので個人的にはこれで十分です。
新幹線と南風は価格で・・・うん・・・ハネられました。
イカンなあ、と思いますが時間かかるしレンタカー借りたくても使いづらいし。

勉強になりました<m(__)m>

暇人寮監さん、コメントありがとうございます。
空港に出かけること自体がほとんどない(このときのように、「お見送り」をするときくらい)うえに、飛行機に乗るとなるとなおのことほとんどありません。何せ、“過去20年で1回乗ったっきり”レベルなのですから、相当です(しかも、伊丹→松山という短区間。水平飛行していたのは20分そこそこだったのでは?)。

細かい機種につきまして、ご教示いただきありがとうございました。
松山空港でも見かける機体(ボーイング機やボンバル機)は何となくわからないでもないのですが、やはり鉄道やバスのようにはいきませんね・・・。

また、発着枠が限られており、しかも既存航空会社が枠を押さえている伊丹の場合、LCCの入る余地は確かになさそうです。
関空からは各地にLCCが就航しています(松山にも行こうと思えば行けます)が、下手したら関空までの往復交通費の方がかさみそうな状況で、関空発のLCCは使いにくいですね。
デヴには詰め込み仕様のLCCなんてとてもではないが使えない(非常口席等の間隔が広い座席を指定したら料金がかかるし)という説もあり。

また、名古屋を基準として高知(松山も大して変わらないと思いますが)に行こう・・・となると、JR+在来線は、確かにほとんど(一般人の)選択肢に入らないような気はします。費用がかかる割には遅いという意味で(JRも競争力がないことを理解しているのか、京阪神地区のような企画乗車券類を全く整備する気がありませんし・・・。結局、早くて便利な航空機か、きついけど安い高速バスか・・・の選択になると)。
その小牧では、先頃MRJの試験飛行が成功裏に終わったことが報じられていましたが、数年後には当たり前のように日本の空を飛んでいる・・・と思うと、“ロマン”はありますね(私自身に乗る機会があるのかどうかはともかくとして・・・)。

飛行機と鉄道

自分も昔は鉄道のみ、という考えでした。
九州行くにも行き夜行快速(当時は週末運転)帰り新大阪まで新幹線(もちろん4列席)でなんばから近鉄アーバンライナーDXシート(金券ショップ購入)とかのパターン。社会人になってお金に余裕ができてからごくまれに寝台特急とかも使いました。記録見る限り長崎あかつきが多く、逆に名古屋から寝台特急は少なかったのは九州到着が遅すぎて使いづらかったからです。
それで1回飛行機を使ってみようと福岡→名古屋(当時は小牧しかなかった頃)で日本航空を利用したのが運のつき。ネット予約でクレカ決済、JRみたいに窓口いらず。マイレージたまるし名古屋空港もわりと近いし、と徐々に飛行機利用へ傾き、いつのまにかヘビーユーザー化して、気が付いたときには九州・四国行夜行快速は全廃、寝台特急も虫の息となっていました。行きかえりの鉄道にひかれる魅力が薄れたのです。
飛行機(というか航空会社)は客の囲い込みが上手。たくさん乗って上級会員になれば優先搭乗・荷物優先引き渡しとかの優待を受けられます。けれど鉄道は相変わらずな気がします。会社が分かれてから差がとくに顕著になったような。(四国と西日本は割と仲良しですが)
当時はたくさん乗ってもなにも還元されないし。
もう少し鉄道はシステム的な面を頑張ったほうがいいかな。

Re: 飛行機と鉄道

暇人寮監さん、コメントありがとうございます。

確かに、リピーターというか、ヘビーユーザーというか、“お得意様”を囲いこむシステムがきちんと構築されているのが航空業界であるというのは、私も同感です。
事業者にもよりますが、高速バスも、(航空機レベルではないとしても)囲い込みシステムを構築しているところはしています。
それに比べると、鉄道は・・・JRになって四半世紀以上を経ましたが、国鉄時代の殿様商法の感覚が抜けていないのか、ほとんど“囲い込み”の発想がないですね(ジパング倶楽部のように中高年に対する囲い込みらしいものはありますが・・・あれも国鉄の遺産ですし・・・)。
新幹線のように会員制サービスもボチボチ始まりつつありますが、まともに特典を受けるためには「JR指定のクレジットカードへの入会が必須」・・・ということがあり、ハードルが高いです(少なくとも、社会的信用ナッシングの私には無理・・・orz)。

九州・・・にはほとんど行くことがなかったので、九州夜行のお世話になることはなかったですが、京都~松山間を結んでいた臨時夜行快速「ムーンライト松山」号の、かつてのヘビーユーザーとしては、客車列車が当たり前のように行き来していたあの頃が懐かしい・・・。
客車と機関車の老朽化・・・はあったのでしょうが、“寝ている間に目的地に着く”+“高速バスとは比較にならないゆとり(ただし、グリーン車限定)”+“(グリーン車を使っても)新幹線+在来線特急の乗継ぎよりも安い”というメリットは何物にも代えがたかったのですが・・・。

エンジン付き車両はパス

こんばんは

なつかしいです、ムーンライト松山。自分は高知が帰省先なのでM松山は数回しか使っていませんがM高知よりも多客期運転型でしたね。全線架線下でもディーゼル機関車で牽引してました。
客車もM高知が基本グリーン3連のところ、M松山運転時はグリーン2+普通指定1でM松山がグリーン1+普通指定2と客車の自由度を生かした運転を行っていました。ただしエンジン付きの車両が多くていつも避けた車両を指定買いしたことを覚えています。
多客期はM山陽も併結でしたがあちらの14系座席車はリクライニングもいい物の換装されており、こちらM高知松山は原型(?)の簡易リクライニングと格差を感じました。ただ併結時でも山陽との車両行き来はできなかった覚えがあります。
名古屋からもあの列車は使いやすく、特急を使うよりコストも安く、翌日の時間も有効に使えていいことだらけでした。もう一度乗りたい列車です。

最近はマイレージが使いにくくなりつつあるようで、とくに「陸マイラー」という飛行機に乗らずに溜める方には厳しいようです。自分はそれほど溜めるのに固執していないのでいつのまにか溜まっている状況で、特典航空券への交換ではなく航空券の支払いにあてたりしています。使い道は人それぞれですが昨今はやりのポイントの走りですね。

それにしてもLCCの一部を除くとWEBでの予約決済のしやすさには感心します。JRも各社で分かれるのではなく統一したサイトを設けてほしいのですがM松山・高知復活よりもハードル高そうです。サイバーステーションとか最近なにか進化があったのでしょうかね?

キハフ・キロフ

暇人寮監さん、コメントありがとうございます。

「ムーンライト高知・松山号、高知・松山行きです…」という、京都駅7番乗り場出発直後の車内放送(もちろん、前奏は「ハイケンスのセレナーデ」)を、懐かしく思い出します。
JR化直後には「~高知」号しかなかったのですが、平成8(1996)年から「~松山」号が運転されることになり、松山民であった私などは狂喜乱舞し、実際に何度も帰省のお世話になりました(同時に、国鉄色に復元されたときには驚かされましたが、JR西日本の14系とあわせるためとはいえ、JR四国色の12系と国鉄色14系の組み合わせも、一度くらい眺めてみたかったという説もあり…)。
「松山」はグリーン車1両で、必ずオロ12形が入るため、グリーン車に乗る限りは発電用エンジンの轟音とは無縁でしたが、「高知」で座席グリーン車に乗ると必ずスロフ…。外から眺めていても、あの轟音が床下から一晩中聞こえてくる日には、確かに「客車の静粛性もへったくれもない」とは思ったものです。誰が呼んだか「キロフ・キハフ」…。よく言ったものです
(「松山」では、4号車の普通車指定席(喫煙車)が、原則としてスハフ15形でした。このスハフだけ、よくフリーストップ式のリクライニングシート車が入っており、簡易リクライニングシートの他車からすれば“格差構造”だったのも、今となっては思い出です)。

他方、より走行時間が長いからか、JR西日本の区間が長いからか、「九州」と「山陽」は、リゾート&シュプール用と俗称される14系200番台車が入っていることが多かったです(「山陽」については、14系ノーマル車が入っていた時期もありましたが…)。
リクライニング角度は深いものの、シートピッチは原形通りの910mmのため、前の席がフルリクライニングしていたらおいそれと出られない…という殺人座席であったとかなかったとか…。それでも、簡易リクライニングシート(長いこと座っていると尻まわりが痛くなる)に比べると、マシだったのでしょうけれどもね。

すべてが、思い出の彼方です…
(もとJR四国の12系の一部車両は、若桜鉄道に譲渡されましたので、そのうち会いに行きたいところですが、なかなか…)。

塗色変更

そうでした。
すっかり失念していましたが、ムーンライト高知登場当初は塗色が違いました。
M高知登場のチラシもヘンテコな塗色で、あれは当時の流行にあわせてましたね(単に塗色変更が流行しただけですが)普通車自由席と指定席を増結したときに原型12系があてがわれたこともありましたので、合わせた色が落ち着きますね。

牽引機もたいていEF65のところ、EF66の場合もありました。最高の組み合わせはEF58でしたが、あの当時はそんなに貴重だとは知らず撮影もしませんでした、といっても夜間の撮影が苦手だったのもありますが今思い返せばなんてもったいない事を・・・。四国内は牽引機がDE10で、でかい星をデザインしたヘッドマークはどこに残っているのでしょう。伊予西条にでも保存されていると良いのですが。

若桜鉄道の隼駅に「カーペット車」が、ほかの車両は終点の駅に留置されているそうです。半年前にBSジャパンで放送された「気まぐれローカル線~」(月・20時~)で若桜鉄道が放送された際、カーペット車の車内が見られましたがほとんど改装されず懐かしかったです。

いまでは大抵禁煙車ですが、当時は喫煙車ばかりでしたね。M松山運転時、M高知のグリーン車で禁煙を指定するとカーペット車があてがわれるので知らない人は驚いたり、座席車がいいと車掌と交渉していた人も。夏場はエアコンがきつすぎて毛布のない普通車は暑がりの自分でも寒くてたまらなかった!

今でもYouTubeにM高知の車窓動画(ただしダイジェスト)があり、たまに眺めては懐かしさに浸ります。発車の時の衝撃音、「キロフ」で撮ったのかエンジン音、当然あの音楽も、京都発は寝台特急の後追いだった事、逆車窓なら新大阪までに快速と競争(途中で抜きますが、新大阪か大阪で抜かれる)もありました。讃岐平野や夜明けの小歩危付近とか懐かしさ満載。撮影されていませんが、宇多津直前にあるコンビナートの夜景も幻想的でした。

本当に過去なのが残念です。
新車よりも引退間近の車両と改めて思いました。

Re: 塗色変更

暇人寮監さん、コメントありがとうございます。

「ムーンライト高知」号の登場は瀬戸大橋の開業後、つまりJR四国の発足直後でした。しかも、JR西日本を、本社所在地の大阪まで乗り入れる、というわけで、「JR四国ここにあり」ということを、関西人に見せつけるための塗色変更であったのかもしれません。また、「高知」単独時代にも時期によっては普通車が連結されていたこと、確かにありましたね。
グリーン車と普通車の間に、料金以上の絶望的な格差・・・という気も、しないでもありませんでしたが。
EF58-150の牽引時の姿については、昔某鉄道雑誌で読んだ覚えがあります(今やEF58-150は“(京都鉄道)博物館行き”なのですから、時の流れは世知辛いものです・・・)。
また、独自塗色の時代はヘッドマークを装備していましたが、「松山」と併結になってからは消滅してしまいました。「四国鉄道文化館」の展示物にヘッドマークは見当たりませんでしたので、多度津工場のどこかに眠っているか、誰かに買い取られていったか・・・では、ないでしょうかね・・・。

若桜鉄道に譲渡された12系は、外観(国鉄色)はもちろんのこと、内装もJR四国時代そのままのはずです。
今年の春にDL牽引で、SL列車運行時の実証試験を行なっていましたが、なかなかの盛況だったとのことで、ぜひ実現してもらいたいものだと、思わずにはいられません(他方で、実現したら人大杉状態になるでしょうから、実現前にひっそりと訪問したいという思いも、無きにしも非ず)。

また、ML用12系は、特に晩年は空調装置にガタがきていたのか、はたまた暖房装置にガタがきていたのか、温度調節は難しいところがありました。グリーン車には全席に毛布が装備されていて、ありがたく使っていたのも、今となっては思い出です。
東海道ブルートレイン時代の末期(「さくら・はやぶさ」号が廃止されるまで)は、1列車(当初「さくら」号~のちに「富士」号)の後追いで京都駅を発車して、並走する快速列車とデッドヒートしているのを、よく車窓から眺めていたものです。
また、その後にやってくる3列車や高速貨物列車に、山陽本線のどこかの駅(深夜なのでよく覚えていない)で長時間運転停車して
抜かれていたのも、思い出です・・・。

運転停車

こんばんは、です。

運転停車での退避は「有年」駅です。
貨物列車だけでなく寝台特急にも追い越されていたんですね、貨物は覚えていたのですが寝台特急は完全に忘れていました。
ドアが開かないので岡山の長時間停車と比べると印象少ないものの、当時は若かったのでその時間は起きていました。
岡山ではコンビニに買い出しへ行ったりこれも停車中はほとんど起きてました。夜食を確保して食べてから寝る、のパターンですが今考えると太るなぁ。まあ若かったから深夜まで起きていても翌日は元気だったのも過去の思い出です。

今同じことをやったら翌日以降しばらく体調不良です。

Re: 運転停車

暇人寮監さん、コメントありがとうございます。
ML松山&高知の待避停車駅は、有年駅でしたか・・・。
深夜なので駅名標まできちんと見ていなかっただけのようですが、構内が広かったことだけはぼんやりと覚えています。

MLもEF65形牽引で、東海道・山陽本線ではそこそこ飛ばしていた記憶がありますが、どうしても途中停車駅が多いこと、また、運行時分に余裕があることもあって、時間調整も兼ねてか長時間待避停車していたものです(その割には、上り列車の岡山以東では待避のための運転停車はなかったと思いますが・・・)。
また、ブルートレイン(3列車「さくら」号)に有年駅で抜かれていたのは、「さくら」号が単独運転していた時代(長崎・佐世保両編成が併結されていた時代)のことですから、前世紀(1999年)までの話です。岡山駅で長時間停車している間に、5列車「はやぶさ」号が追いついてきていたことも、懐かしく思い出されます。

それにしても、(私自身は乗車前に買い込む習性があるため、岡山等の長時間停車で買い出しに行くことはなかったのですが(自販機のジュース類を除く)、“一晩起きっぱなしでも翌日何とかなった”というのは、ああ若さゆえ・・・と、思うことしきりです。今は・・・無理。食べてから寝る・・・これは今も続いているので、クソデヴ度(BMIともいう)に拍車が・・・orz。
プロフィール

キモプアの紙

Author:キモプアの紙
キモメン兼デヴ兼クソヲタ兼フニーターで当然の帰結として“プア”・・・。略して“キモプア”。
その中でも(まあ、ほかに“キモプア”を自称する物好きもいないでしょうが・・・)選ばれし“逆”エリートゆえに“紙”(ペーパー的な意味で・・・orz)。

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