武豊線探訪記①

9月の記録を何をか今更ですが、“赤い18きっぷ”で名古屋に出かけた際に、少し足を延ばして、電化を控えた武豊線に全線乗車してきましたので、その時の記録をまとめておきます。

降り立ったのは大府駅
名古屋から313系の新快速に揺られてやって来たのは、東海道本線と武豊線の接続駅である大府です。
階段を渡って、武豊線乗り場に移動します。

キハ25
乗り場にいたのは、新鋭のキハ25でした。
それにしても、

313系電車と何が違うんだろう?

というレベルの、

そっくりってレベルじゃねぇぞ!!

と、言いたくなる車両です
(追記:コメントをいただいてはじめて思い至りましたが、「貫通扉の上に前照灯があるかどうか」が、外観上の大きな識別点になります(“ない”のがキハ25、“ある”のが313系))。

床下からエンジン音が響いてくることが、気動車であることを主張していると言えば、そうなのかもしれません・・・。

室内はほぼ区別がつきません
(画像は武豊到着後のもの)
室内もクロスシートになっていて、313系電車と・・・(以下略)。

オマエは急行形か
ちなみに、扉そばこそ固定クロスシートですが、原則としては転換クロスシートとなっており、地方線区を走る気動車としては明らかに“上級”の車両です。0番台と100番台は・・・。
しかも、

窓側にもアームレストがある
(オマエは急行形車両の後継車か?)

ところが、地味にポイントです。実際に実用性があるかどうかはともかくとして・・・orz。

もっとも、今年になってキハ40系の置き換え用に大々的に製造された増備車こと1000 / 1100番台車は、

オールロングシート

・・・とのことで、313系でも静岡仕様車(2000番台グループ)がオールロングシートで、“18きっぱーへの嫌がらせ”だとか何とかと、口の悪い鉄ヲタはのたまっているようですが、これからはキハ25の1000番台グループが、非電化区間で悪評を垂れ流すのかどうか・・・は、定かではありません
(個人的には、両者が併結されているとすれば、0番台グループの方に乗ります・・・(笑))。

展望しながら行くよ
さて、発車直前に乗り込んだ2両編成のキハ25は、立席も多数あるという、割と混雑した状況。
座席にありつくなどとんでもなく、運転室の後ろで前面展望しながら、武豊を目指します。

ちなみに、乗車日は雨天。
せっかくの前面展望ですが、展望は今一つでした・・・orz。

亀崎
さて、名古屋近郊に残る数少ない“非電化区間”として知られた武豊線ですが、現在電化工事がたけなわ・・・というよりは、乗っていて見た感じでは、ほぼ架線の敷設は終わっているようで、来年のダイヤ改正における電化開業は予定通り実施されることでしょう。

全線単線ですので、列車交換のための停車もところどころでありますが、途中の亀崎駅では、DE10に牽引された貨物列車が去って行きました。
というか、何気に貨物列車、走っているんですね・・・。
電化後はEL牽引になるのか、はたまた関西本線のようにDL牽引のまま残るか・・・どっちなのでしょうか・・・。

**********

武豊に着いた
大府から40分弱で、終点の武豊に着きました。

架線ははられています
武豊駅構内の架線の敷設も、ほぼ終わっているようです。
終着駅らしく、線路は途切れています・・・。

自動改札?
一見すると自動改札機に見えますが、切符を通さないからといって人を止める機能はありません。
通常の乗車券の所持者や、私のように18きっぷでウロウロしている人間は、普通に車掌氏に渡す/提示して、改札機をスルーします。
つまり、あくまでも、ICカード(TOICA)に対応した設備ですが、

簡易型ではなくて本格的な改札を設置するのが、経営体力の差
(JR西日本の地方線区や、JR四国との間の“越えられない壁”(苦笑))

なのでしょうかね・・・。

終着駅
駅前。
国鉄時代からの駅舎と、最新鋭のキハ25との取り合わせが、ちょっとだけミスマッチかもしれません・・・。

胸像
駅前には鉄道員の胸像があります。
昭和28(1953)年の台風に際して、武豊線の列車を救い、自らは殉職した高橋照氏の功績を記念して設置された像だそうです。

線路跡
さて、今でこそ線路は武豊駅の構内で途切れていますが、かつては「武豊港」へと線路は続いていました。
そもそも、この武豊線、もともとは東海道本線の建設資材を海路搬入するために、(名古屋周辺の)東海道本線に先んじて開業したという、極めて歴史のある路線です。
しかしながら、鉄道貨物輸送が斜陽を迎えていくなかで、昭和40(1965)年に、武豊~武豊港間はあえなく廃止されたそうです。

今もなお、武豊駅からしばらくは、こうして線路跡が空き地になって残っており、往時を偲ばせてくれます。

橋脚
橋脚の跡。

JR東海の持ち物
この空き地、未だにJR東海の持ち物であるようです。

途切れた
空き地が途切れました。
しかしながら・・・

公園?
空き地が途切れた先の線路跡は、ちょっとした公園状態に整備されていました。
この雰囲気からして、整備されてからそれほど期間は経っていないのではないでしょうか(せいぜい10年くらい?)。

駅の気分
「後田ポケットパーク」という名称のようです。
「武豊」と「武豊港」の鉄路の跡地であることを偲ばせるプレートですね。

これも途切れた
もっとも、このポケットパークも100mほどで途切れ、この先の線路跡は住宅等に変わってしまい、たどることはできませんでした。
並走する道路に沿って歩いてみれば、線路跡の遺構をちょこちょこと見つけることくらいはできたと思われますが、あいにくの雨天に加えて、帰りの時間も考えなければならないということもあり、ここで折り返して、武豊駅に戻ります。

「その②」につづく・・・
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なぜかロング

近所の武豊線にはかなり昔にしか乗ったことがないので思い出していたら・・・キハ58と65の「みえ色」だったような気がします。
早朝の名古屋始発直通で武豊線内も快速、折り返しは通勤客で混雑するけれど車内はリクライニングシートでした。
もちろん間合い運用だったんですが、当時の快速みえはラッシュ時の運用が無かったし急行かすがもラッシュが終わったころに登場するので車両に余裕があったのか、もしかしたら武豊線の通勤対応のために当てられなかったのかも。
もちろん過去の話でしかありません。
キハ75は見た目車内とも快速普通なら十分すぎる設備です。もったいない位。
増備は実用性考えて313系そっくりな(ライトが1つ無い)キハ25なのもしょうがない気します。
好きな方には物足りないかもしれません。
でもキハ25の最近製造された車両、ロングになってしまいました。
登場当初のはクロスなのになんで変えたのか不思議でしょうがないです。
3扉になるし混雑対策はそれで十分、それでも変えたのは高山線で一部並行する名鉄も大半ロングだからなのでしょうか、本当に残念です。

Re: なぜかロング

暇人寮監さん、コメントありがとうございました。
ご指摘の通り、1990年代の武豊線、特に朝ラッシュ時においては、快速「みえ」の間合い運用であるキハ58+65の編成が運行されていたそうです(実際に自分で乗車する機会には、ついぞ恵まれずじまいでしたが・・・)。
キハ75も十分に上級な車両であるとは思いますが、「2扉+リクライニングシート」に比べられると分が悪いですね(逆に、2扉デッキつきだと、乗降にはものすごく時間がかかったと思われますので、「ラッシュ時」の車両運用としてはどうか・・・という気も、しないでもありません)。

また、キハ25系気動車と313系電車との違い、ご指摘の通り、「貫通扉の上に前照灯があるかどうか」は決定的な違いでした。ご指摘を受けるまで気がつきもしなかったのですが、そのあたりが地元で日常的にご覧になっている方と、18きっぷの余りで“にわか”よろしく出かけてきた人間との違いなのかもしれません。

それにしても、JR東海の「ロングシート車導入」の基準は謎ですね。
ご指摘の通り、「競争相手があるかどうか」は、案外大きいかもしれません。313系電車でいうならば、名古屋圏では名鉄や近鉄との争いがある一方で、静岡圏ではまともな競争相手がない・・・という見方には一理ありますし、キハ25の1000番台グループ(0番台グループと比べても、座席のみならず車体周りもまた、微妙にコストダウン仕様だとか)が入るとされる高山本線(と周辺線区)や紀勢本線もまた、まともな競争相手がいない・・・と(高山本線周辺では、ご指摘の通り一部区間で名鉄がライバルになりますが・・・)。
「経営判断」としては間違っていないのかもしれませんが、ラッシュ時はまだしも、データイムにはオールロングシートでは、サービス低下もいいところだと思うのですが、こうも露骨に“格差”をつけられると、普段使っている乗客からすると、いろいろと複雑になるのかも、しれませんね・・・
(国鉄末期の四国において、「新車」と称してキハ32やキハ54(の0番台)を放り込まれたさまを目の当たりにした世代からすると、“歴史は繰り返す”のか・・・と、勝手な感慨に耽ったりもします・・・)。

54と32

おっとっと、1990年代とは。そんなに昔でしたか。驚きました。

名古屋近郊の東海道線普通には311系か313系しか入りませんので見ていて面白くないのですが、遠方にみえる前照灯でどっちか区別がつきます(ただしついてもなにも特にはなりません)
白系の前照灯は313系(0番とたまに見かける固定クロスの3000番、中央線用のセミクロスは朝のみ入りますが燈色です)ですが、二つ目の白色が来たとき「?」となりました。キハ25の試運転でしたが高速運転しないからかコストカットなのか分かりませんがおでこに前照灯がありません。もちろん近くに来たら音で分かります。
車体が313系に似せているのは設計のコストカットでしょうね。他社でも見かけるパターンなのでこれから増えるかもしれません。

キハ25のロングを快速みえの自由席用にあてれば良い(性能が違うから無理らしいですが)と思うのですが、今のみえは4両で1両指定席なので自由席なら露骨ですが問題なさそう。まあ最近は張り合ってない近鉄との競争を考えると後退は無理でしょうが。それでも数年前までキハ75は3扉クロスで18時台名古屋発快速みえに2連で入っていました。最近は4連ですが当時は半室指定席部分の通路にまで立客一杯。力入れる所が分からない・・・。

四国のロングと言えばキハ32と54、登場時はがっかりしました。登場したての32は土讃線の高知近郊で利用しましたがあまりの小ささにびっくりしたものです。県別で色分けされ前照灯の形で2社どちらの製造が判別できたりとネタが豊富。でもトイレない。昼間で乗客も少なくこれで事足りていたので今までが過剰だったというところでしょうか。当時まだ現役の50系客車3連とか多すぎなのでしょう。でも北海道の54は急行用が転換クロスで普通もクロスだったので差をつけやがって、と四国びいきの自分は悔しかった覚えがあります。
車歴も相当になってきましたが54はともかく32クラスの乗車定員の車両が出てきていない(1500だと過剰)し40系もまだいるのでしばらくは活躍しそうですね。

Re: 54と32

1990年代なんて、ついこの間のように思ってしまうのですが、気がつけば20年も前、1990年代は“昔”なんですよ・・・。
大学で教壇に立っていたりすると、目の前の学生のみなさんは「1990年代“生まれ”」です。そんなことをふと思い返すと、「歳取ったなぁ」と、感慨(?)にふけらずにはいられません・・・(苦笑)。

最近の都市圏のJRは「系列の統一」ということに熱心ですが(スケールメリットを享受するという点では、間違ってはいないのですが・・・)、関東圏のE231/E233系しかり、東海圏の313/311系然り、関西圏の223/225系然り、“何だか国鉄時代に戻ったような気がする”というのは気のせいでしょうか。
もちろん、エリアにより会社ごとの考え方の違いは出ているのですが、エリアのなかでは似たような車両ばかり・・・ですからね(関東・東海に比べれば、まだまだ国鉄形がウロウロしている関西圏は、“バラエティーがある”ということになるのでしょうが・・・)。

快速「みえ」については、基本編成が2両の時代に何度か乗車しましたが、「いつ乗っても混んでいる」という印象でした。自由席区画は。指定席区画はそうでもありませんでしたが、座席同じで一丁前に指定席券を必要とするのでは・・・。
ちなみに、しばらく全列車の所定編成が「4両」の時代が続いてきましたが、今月になってから一部列車の所定編成が「2両」に戻されたそうです。いったい東海は何がしたいのやら・・・。

指定席を設ける快速列車において、「指定席=クロスシート、自由席=ロングシートにしたらどうか」という議論は昔からあるみたいですが(四国で言えば、快速「マリンライナー」において、そういう議論が出ることがあります)、利用者としての希望としては、「指定席=リクライニングシート、自由席=クロスシート」となり、現在の「マリンライナー」はまさにその形になっていますが、そうなるとグリーン車と指定席の区別がよく分からなくなるというこのジレンマ(?)。
「みえ」に新車が入るのは少し先のことでしょうが(とはいえ、キハ75の初期車はすでに車齢20年オーバーであることも確かです)、新車になったら何か変わるのでしょうかね・・・。

翻って、四国のキハ54と32・・・オールロングシート車。ご指摘のように、配置区所によって帯色を変えたキハ32を目の当たりにしたとき、「何か新しい時代が来た」と子供ながらに思ったものですが、他方で座席数の減少には忸怩たるものもありました(ちなみに、新潟鉄工製と富士重工製でヘッドライト周りの形状が違うことを知ったのは、登場からだいぶ経ってからのことでした・・・)。
登場直後は非冷房車が少なくなかったため、冷房つきという強みはありましたが、廃車の部品をかき集めているうえに、キハ32に至っては、第三セクター向けのいわゆる「軽快気動車」の車体仕様のため、四半世紀を経た現在となっては、だいぶガタがきています。どうして九州向けのキハ31と同じ仕様でキハ32も量産しなかったのか・・・とも思うのですが、客数の違いか、はたまた三セク向けに用意したけど余った車体を国鉄に売りつけた結果なのか・・・(←妄想)。
これがより大きな会社で会ったり、地元からの“お布施”(苦笑)でもあれば、新車に置き換えられるのでしょうが、四国では急行形気動車なきあと、キハ40系列の置き換えに注力しているようで(順序としては間違っていないのですが)、しかも、単行運転可能ということもあって、しばらくは生き延びそうです。
ラッシュ時はまだしも、データイムの予讃海線(伊予長浜経由)や予土線あたりでキハ32や54は、いろいろな意味でもったいないと思うのですが・・・。

平成生まれ

人間年を取ると年月の経過はあっという間ですね、このごろは特に感じます。来年の入寮生は平成8もしくは9年生まれ、昔話なんかしようものなら世代のギャップに泣かされます。ゆとり教育云々言われる世代ですが学生はさまざまですねぇ。こちらは「鬼寮監」なので規則に違反しようものならガミガミ言いたいところ、じっくり(ネチネチ長時間とも言う)話して理解納得させないと後々トラブルになりかねません。もちろん暴力云々に訴える気はありませんが。

ご指摘を受けて関西線の運用を確認したら快速みえの運用が大幅に変更されていました。「遷宮」関連の輸送が終了したのでもとに戻した様子です。ということは高山線への転属となるキハ75はかなり多くなりそうで「ハズレ」ロング25の当選確率が大幅に下がるという事でしょうか。40系列を置き換えとなると高山線~太多線中心のほか高山位まで入るでしょうから普通列車の当たり外れが大きいですね。そういえばこのやりとりをしている最中に武豊線の電化開業日が発表されました。

地元の話で申し訳ないですが豊橋口の制約で名鉄も「一部特別車特急」が登場した際、転換クロスで「特別車」が半分以上ありました。自由席にあたる「一般車」も転換クロスでトイレもデッキもなく、さらに誤乗しても貫通していないから行き来不可能と、なんじゃこりゃという状態がしばらく続き、やがて1200系に統一され「特別車」はリクライニング・トイレあり、「一般車」は転換クロスになりました。いまでは2200系登場により「一般車」はロングシートと転換クロスの混合(増結車には車内すべてロングの場合あり)もあります。別料金とるならやはりリクライニングは必須でしょうね。もちろん特別車はデッキに立っても料金がかかりますが当時の中部運輸局が「立席でも別料金取るならある程度の設備」が必要とか言った言わないの噂もあります。

九州のキハ31も同時期登場でした。すっかり忘れていました。転換クロスで片側1列、一応混雑を考えているかと。もちろんトイレはありませんし、エンジン1つで馬力足らずと国鉄末期特有の「中途半端」はDNAとして受け継いでおります。現在でも三セクに譲渡されたりしつつも走っていますが、日南線で車内の大半をロングシート化されたキハ31に乗車したことがあり、予土線のキハ32の改造車の車内を見た時にそれを思い出しました。ただ予讃海線や予土線に入るなら需要と供給の観点から土佐くろしお鉄道中村・宿毛線用の車両が一番ベストだと思います。トイレ付き一部転換クロスシート、観光にも十分でしょう。キハ32・54だと車窓を見ようと体をねじり続け、降りる時には首が痛くなってしまいますし。
ただ中村・宿毛線(ごめんなはり線も)にはイベント対応車両としてオールロングの車両が存在するので当たると泣けます。ごめんなはり線で「大当たり」されていましたね・・・

そろそろ後継車種もしくは玉突きでの配置転換もありそうです。1000系以降の車両はホームのかさ上げが必須なのでローカル線としての風情が若干失われるのが残念です。乗客としては利用しやすいのでやむを得ない一面はありますがかさ上げには費用もかかりますから当分無理かもしれません。下灘駅とか雰囲気が変わりそうなのでそうなることやら。

Re: 平成生まれ

まったく、「ジェネレーション・ギャップ」にも困ったものです。
若い学生のみなさんと話していると、私自身、驚かされることは多々あります(もっとも、日常生活全般にかかわる寮監さんに比べれば、バイト講師は授業中にしか学生のみなさんにかかわりませんので、かかわりの密度が全然違うといわれればそれまでですが・・・)。学生のみなさんにかかわるに際して「時間をかける」ことが必要であるというのは同感なのですが、それをなかなか許してもらえない「せわしなさ」というか「教育システム」に対しては、何かと言いたいことも、無きにしも非ずです(個人レベルではなかなか難しいところもありますが・・・)。

キハ75の転属先ですが、私自身も遭遇した、3000番台への改造車については、高山本線に行く可能性が高そうです。そのための耐寒改造工事でしょうし。短距離の列車はロングシートでもそれほど不満が出るものでもないでしょうが、たとえば高山と岐阜を結ぶような列車にロングシート・・・となった日には、いろいろなところから不満も出てきそうです(「ひだ」を使っておけ・・・と言われればそれまでですが、特急料金もお高いですしね・・・)。

豊橋口の「転換クロスの特別車」・・・今は無き7000系列パノラマカーの改座車のことと思われますが、私自身は結局乗車機会に恵まれなかったので想像ですが、転換クロスで特別席と言われても・・・というところは、同感です。
ちなみに、先日念願かなって(?)和歌山電鐵に乗りにいってきましたが、帰りは南海の「サザン」の指定席車を利用してきました。「サザン」については、4両が指定席(リクライニングシート)、4両が自由席(ロングシート)と、名鉄特急と同じ考え方であるのが興味深いところでした。指定席料金は違いますけれども・・・orz(南海の方が200円高い)。そういえば、名鉄のミュースカイが全車特別車であるように、南海のラピートも全車特別車。空港特急を全車特別車で構成するところも、共通していましたね。

また、キハ31のロングシート改造車とは、(ここ15年ばかり九州を訪れることができていないこともあるのですが)全く知りませんでした。あの転換クロスシート、0系新幹線から転用したもので、バカにできない掛け心地を誇るのですが、もったいない。
ご指摘の通り、比較的閑散としているローカル線においては、土佐くろしお鉄道のTKT8000形/9640形のような、転換クロスシートをベースとして、ついでに窓を大型化した車両が“ベスト”であると思いますし、もしJR四国になってから予土線や予讃海線の車両を置き換える・・・となっていたら、土佐くろしお鉄道と共通仕様で発注して、価格を下げる・・・という方針になったかもしれませんが、国鉄の中央でキハ32と54(0番台)を設計され、押しつけられてしまいましたからね・・・。
1000形や1500形は、車両にステップが備わっていないため、ホームのかさ上げが必須になるのですが、高知エリアではかさ上げが実施されたものの、松山以西(厳密には非電化となる伊予市以西)の予讃線ではどうなるのでしょうか。地元自治体にお布施をする気がないとするならば、JR四国の経営状態と、該当線区の乗客数がじり貧傾向であることを鑑みると、車両の寿命が尽きるまで、キハ32と54とおつきあい・・・というところになるのでは、ないでしょうか(そして、1000形の初期車(1990年製)とキハ32・54(1987年製)とのあいだに思ったほど車齢の差がない以上、キハ32・54を1000形で置き換えるという方針が成り立つのかどうかも、それはそれで微妙なところです)。

特急誘導?

「平成生まれの若者」に「介護保険支払中の昭和生まれのおじさん」が日常生活で接すると摩擦が発生します。上から目線で接すれば管理は簡単ですがそれは諸刃の剣であり、のちのち後悔することを学習してからは抑え気味。プライベートには踏み込まず、向こうから接触してこない限り距離を置く様にしています。それはそれで学生の動きが見えにくくなり、小さなトラブルを見つけられないことになるので一体どうしたらいいのか困ったもんだ。

高山線のキハ25ロングシート車ですが希望的観測で岐阜~太多線の運用を中心に当ててくるのではないかと期待しています。じきにキハ25の運用報告が出てくるでしょうから楽しみです。まさか特急に乗せるために高山直通とかに当ててくるエグい事は…するかも。

名鉄の場合はミュースカイのみ全車特別車で、あとの特急・快速特急は一部特別車が大半となります。ごく一部の特急に特別車なしの全車一般車もあります。かなり変遷を経てここ数年は固定され、一部特別車の列車については一般車もクロスシートに着席できる機会が残っているので名鉄の伝統は継続しているのがなにより(増結車はロングのみの場合あり)。
有名なパノラマカー7000系も白帯車4連が特別車・それ以外の普通の7000系4連が一般車の併結8連で走っていたころもあります。違いはシートモケットと通路のカーペットもどきと枕カバーと白帯だけ。特別車はもともと座席指定から名称が変更されました。当時はリクライニングできる車両が少なかったので違和感なかったですが今では無理がありますね、約25年も前の話です。

キハ31の改造車は車内がごく一部のみ転換クロスであとはロングなので車内がガラーン。キハ32の「新幹線」の車内を見た時に既視感があったのはこれが原因でした。乗車したのは日南線で、トイレ付のキハ40と併結されていましたがワンマン運転にも関わらず乗客は後ろのキハ40に集中、乗客は正直なものです。

徳島は新車導入に補助金を出しているのかわかりませんが、たまには他にも回してほしい。高知は土佐くろの9640が入ってくるのでまだマシですが、宇和島近郊は冷遇されすぎです。この辺は一部線区にお古押し付けの国鉄時代を彷彿とします。個人的に1500の窓を改良して投入してほしいですね。

Re: 特急誘導?

暇人寮監さん、コメントありがとうございます。
若い学生のみなさんとの「距離の取り方」は、(中途半端に年の離れた)私にとっても、悩ましいところです。取りすぎる/無関心になるのも問題ですが、近すぎるのも、それはそれで煙たがられることにつながりかねませんし、下手なことを言うと「アカハラ」だの「セクハラ」だのと糾弾されて首が飛びかねない(バイト講師の首など、飛ぶときには即座に飛ぶのですから・・・)のですから、やりにくい世の中です。

キハ25のロングシート車、岐阜周辺や太多線に充当することは、該当線区が(非電化区間としては、ですが)比較的混雑することを考えると、十分にありそうですが、そもそも非電化ローカル線の場合、どこに行っても「通学の学生をどうさばくか」という問題がありまして、ラッシュ時主体の運用に・・・なると、18きっぱーのような乗り鉄にとっては歓喜・・・かもしれません(予讃線松山以西のように、通学の学生向けに、あえてオールクロスシートのキハ185系3100番台を充当するイレギュラー・ケースもありますが)。

>特急に乗せるために高山直通とかに当ててくるエグい事
→ものすごく、近鉄京都線のことを思い出しました(笑)(奈良線と異なり、昼間であってもL/Cカーをすべて“ロングモード”で走らせる鬼畜路線・・・。四国内のJR線も、たいがい露骨な“特急誘導”だとは思いますが・・・)

また、パノラマカーの改座車、確かに「白帯」になっていましたね。座席自体はシートバックが高くなっていて、ヘッドレストが個別になっていたとはいえ、所詮は転換クロスシート。どの程度掛け心地に差があったのかは分かりませんが(白帯車には結局乗車できなかったので)、パノラマカーどうしで併結されていたら、利用者としてはやるせないところだったことは、何となく分かるような気がします。

また、キハ32や54のみならず、キハ31も在来車との併結が可能でしたね。正直、キハ31(ロング主体になっていれば)とキハ40というのも、“どっちもどっち”という気はしますが、ロングシートよりはまだボックスでもクロスシートの方が・・・ということでしょうか。そういえば、全国どこのセミクロスシート車に乗車しても、だいたいにおいて「クロスシート」から埋まっていきますね。

ちなみに、徳島県は(1000形の時にどうだったのかは覚えていませんが)1500形の投入に際しては、ホームのかさ上げに助成金を出しています。1500形が徳島専属状態になっているのは、この“お布施”の効果であるという説もありますが、さてどうなのでしょう・・・。
もっとも、経営体力のないJR四国のこと、自社単独での設備改良には限界があるため、優先的な設備改良や新車の投入を希望するのであれば、ある程度の助成・補助はやむを得ないのかもしれません。もっとも、愛媛県としては、高速道路が宇和島まで延びた今、非電化単線のままに放置されている予讃線の交通政策上の優先順位は、決して高くないのかもしれませんし、松山駅の高架化が片付かなければ・・・ということも、あるのかもしれません。
八幡浜以南には急勾配区間もあるのですから、1500形のパワーアップ版の導入くらいはあってもよさそうなものですが(キハ185やキハ54ならばまだしも、キハ32で33‰の法華津峠越えというのはどうかしているレベル)、1000形のお古が10年くらい先にやってくるのが、せいぜいのところのようにも思われます・・・(ちなみに、しばらくはオールクロスシートで増備されていた1500形、昨年から今年にかけて増備された7次車、8次車ではクロスシートとロングシートの千鳥配置と、ロングシートの割合が大幅に増えており、地味に劣化ではないかと思います・・・)。
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キモプアの紙

Author:キモプアの紙
キモメン兼デヴ兼クソヲタ兼フニーターで当然の帰結として“プア”・・・。略して“キモプア”。
その中でも(まあ、ほかに“キモプア”を自称する物好きもいないでしょうが・・・)選ばれし“逆”エリートゆえに“紙”(ペーパー的な意味で・・・orz)。

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