四国鉄道文化館探訪記・平成26年夏(その②)

「その①」のつづきです・・・

ホームを再現
展示スペースに入ります。
国鉄時代の伊予西条駅のホームが再現されています。

全景
最初に目に入ってくるのは、C57形蒸気機関車の44号機です。
もともとは西条市内の公園で静態保存されていたそうですが、この“南館”の開館を期に、四国鉄道文化館での保存となりました。
移設に際して割と徹底した整備が実施され、車体は美しかったです。

ところで、全国的には蒸気時代末期の主力蒸気機関車として活躍したC57形ですが・・・

四国では全く活躍して“いなかった”

という、残念な事情があったりもします
(ふつうは、その機関車が、少なくともその機関車にゆかりのある地で保存されるものです・・・。なお、四国では“プチC57”ともいうべき、C58形蒸気機関車が最晩年の主力でした・・・)。

それがなにゆえに西条市内の公園で静態保存されていたかというと、“新幹線の父”にして、西条出身の英傑(西条市名誉市民)でもある、

十河信二第四代日本国有鉄道総裁の功績をたたえて

ということのようです。
実際、十河の俳号である“春雷子”にちなんで、“春雷号”の愛称で親しまれていたそうです。

密閉型キャブ
さて、このC57については、キャブへの立ち入りが可能です。
旋回窓を装備していることからもうかがえますが、もともとは“北のカマ”、北海道で晩年を過ごしたそうです。

北海道からはるばる四国に運ばれてきた

・・・と思うと、壮大でロマンのある話ですね・・・。

それもそのはず
区名札と全検記録。
区名札の「岩」は「岩美沢機関区」のことです。
全検記録はだいぶ消えかかっていますが、横に紙で「読み方」を書いてくれております。

スノープラウ
旋回窓と並んで“北のカマ”らしいのが、スノープラウです。

足回り
足回り。
国鉄蒸気の中でももっとも優美と言われるC57形ですが、さすがに“カマ/機関車”だけあって、足回りは力強いですね。

説明は割とマメです
ちなみに、足回りの各パーツには説明のためのラベルが貼り付けられており、“どの部品がどういう名称なのかよく分かる”というのが半分、“保存車としてはどうなんだろう”というのが半分、複雑です・・・。

前面
デフレクターとか前灯とか。

キャブ
キャブは公開されておりますので、中に入ってみることにします。




バルブが多い
とりあえず“メカメカしい”・・・。
それはともかくとして、細かく蒸気を制御する必要もあるため、近代車両に比べればはるかに手間のかかりそうですが、正直なところ“蒸気現役時代”を知らない世代が何を言っても、ねぇ・・・。

投入口
“焚き口戸”と説明されていますが、ここから石炭を投入します。

炭水車
背後には炭水車。
現役時代にはなみなみと石炭が積まれていたことでしょう・・・。

石炭殻
焚き口戸の中には、石炭の燃え殻が未だに残されていました・・・。

機関士席
機関士席。
“男の戦場”だったのでしょうね・・・。

旋回窓
旋回窓装備であることに加えて、長いボイラが前方にあることもあって、前方視界はお世辞にもよろしくありません。
これで何事もなかったように運転していたのですから、驚嘆するべきところですね
(もっとも、昔は自動車も人も少なかったので、線路上で警戒する必要性も現代よりは低かったということはあるでしょうが・・・)。

炭水車
炭水車の後ろに回り込んでみました。
こうして見ると、国鉄を代表する蒸気機関車だけあって(C62形のような大型機と比べるのは間違いでしょうが)、さすがに存在感があります。

C57形
ボイラー周り。




北海道から、縁あって四国に運ばれてきたこのC57-44号機。
現役時代には確かに四国とは何の縁もなかったかもしれませんが、今では四国鉄道文化館を訪れる人々に親しまれているのですから、“運命”とは、どこでどうなるかわからないものです。

ともかく、四国鉄道文化館という安住の地を得て、これからも末永く親しまれることを願うばかりです。


さて、次は“南館”のヌシ(?)であるキハ65・・・というところですが、その前に、四国に新製配置され、四国で一生を終えた“四国生え抜きのカマ”であるDE10-1についてみておきます。

「その③」につづく・・・
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Author:キモプアの紙
キモメン兼デヴ兼クソヲタ兼フニーターで当然の帰結として“プア”・・・。略して“キモプア”。
その中でも(まあ、ほかに“キモプア”を自称する物好きもいないでしょうが・・・)選ばれし“逆”エリートゆえに“紙”(ペーパー的な意味で・・・orz)。

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