エピローグ①--ふたたび“赤い18きっぷ”の旅

「しおかぜ27号(その②)」のつづきです・・・

3日間にわたる「バースデイきっぷの旅」を終えたと思ったら、四国に直撃・・・というよりは遙か西を進んだはずなのに、8月の頭にとんでもない雨だけはもたらした台風12号の影響により、高知や徳島の鉄道線は割と大変なことになってしまいました・・・。
あと数日ずれていれば、私も

帰れない・・・orz

と、足止めを食らっていたわけで、本当に運がよいのやら悪いのやら・・・
(その後、同じ8月に、今度は台風11号の直撃を受けてまたも高知や徳島が大変なことになり、土讃線がしばらく不通になるとは思いませんでしたが・・・)。

ともあれ、そんな台風12号と台風11号の、ダブル大雨の間の時期に、地元の松山から京都に戻りました。
「エピローグ」ということで、その際の記録をまとめて、今年の「バースデイきっぷの旅」の記録を締めようと思います。




・・・ということで、やってきたのは8月上旬の某日、朝9時を回ったあたりの松山駅です。
この時間帯、松山駅や松山運転所は特急車(一部格下げ車を含む)の、ちょっとしたラッシュ状態です。

TSE
2番線に到着したのは、2000系試作車(TSE)充当の「宇和海4号」です。
ちなみに、朝イチの下り特急である「宇和海1号」で下って、宇和島でさっさと折り返してきているという、なかなかの働き者です。

引き上げ中
1番線には、「宇和海4号」から接続する岡山・高松行き特急「しおかぜ・いしづち12号」が停車中でした。
私が乗車した時のTSE編成は、1号車の「2001号」が検査入場中で、「2151号」が代わりに入っていましたが、このときもその編成のままでした・・・。

キハ185系3100番台
一方、駅の西に広がる松山運転所では、キハ185系3100番台が入庫していくところでした。
松山8:58着の普通626Dの運用を終えて、夕方まで一休みというところでしょう・・・。

新旧邂逅
このキハ185系3100番台に続いて、TSE編成も一旦入庫です
(そして、昼頃に車庫から出てきて、また宇和島と松山の間を夜まで行き来する・・・と。ホント働き者です。割と老朽化しているのに・・・(老朽化していようとどうだろうと、特急車を遊ばせておく余裕は今のJR四国にはないということでしょう・・・))。

ちょうど、「いしづち103号」の運用を終えて入庫している8600系電車の傍らを去って行きました。

三世代
予備の8000系電車、8600系電車、そしてTSEと、三世代揃い踏みです・・・。
すべて「バースデイきっぷの旅」にて乗車した車両となると、思い入れもひとしおですね・・・。




さて、ひとしきり特急車両(一部格下げ車)を眺めるだけ眺めておいてどうよという説もありますが、これから乗車するのは・・・

普通列車でスタートです
松山9:28発の、“普通”4628Mです・・・

これから、

普通列車(一部快速・新快速)を延々と乗り継いで、松山から京都に帰るよ

・・・我ながらヒマ人ですね・・・

“赤い青春18きっぷ”の有効活用・・・ともいいます。

室内
(画像は伊予西条到着後のもの・・・)
・・・ということで、伊予市からやってきた7000形の単行に乗車します。
車内は松山で大半の乗客が入れ替わりましたが、単行ということもあって、座席はほぼ埋まる程度の混雑です。

できうるならば海側のボックスシートに座りたかったのですが、空きがなかったため、山側のボックスシートで伊予西条まで乗り通します。

それにしても、四国ではこの7000系電車といい、1000形気動車といい、割とメジャな-な“ロングシートとボックスシートの千鳥配置”ですが、四国以外ではあまり採用例を聞きません
(東日本の701系電車の一部番台と、E127系電車の一部番台くらいでは?東日本の事情には疎いので他にもいるかもしれませんが・・・)。

ボックスシートに座っても、ロングシートの乗客からの視線を一身に浴びるという、なかなかのイタい仕様です・・・。

えらく色が違います・・・
ちなみに、JR最初期の車両(平成2(1990)年より増備)ということもあって、7000系もだいぶ劣化が進んでいるようで、座席モケットがなかなかにゆかいな状態となっていました・・・orz。

**********

松山を出て、行き違い待ちの停車はあるものの、後続の特急列車に抜かれることなく・・・

通過待ち
壬生川(にゅうがわ)に着きました。
ここまで来れば終点の伊予西条まで15分ちょっとなのですが、微妙に後続の特急から逃げ切ることができず、ここで待避です。
14分停まりますが、ついでに下り特急との行き違いもしてしまうという、合理的といえば合理的なダイヤです。
まあ、7000系は全車にトイレがない(この点は、同世代の普通用車両でも、トイレを後付けであれ何であれ増設した1000形(1200形を含む)気動車よりも劣っているところですね・・・)ので、トイレ休憩を兼ねるという説もあります。

「トイレなし高速バスかよ!!」とも、突っ込んでみたくなるところです・・・(苦笑)。

通過待ち
松山を50分ほど後に出た、特急「しおかぜ・いしづち14号」が追い抜いていきました。
ついでに下り特急もやり過ごして、ようやく発車・・・。

到着
11:37、松山から2時間ちょっとで、終点の伊予西条に着きました
(すでに折り返しに備えて、方向幕が「松山」になっていますが・・・)。




121系
さて、伊予西条では跨線橋を渡った1番乗り場に、121系電車の2両編成が停車中でした。
高松行きの138M(快速「サンポート南風リレー号」として、坂出から快速運転)です。

これに乗ればお早く京都に戻ることができますが、

この私がそんな面白みのない単純乗継ぎをするわけがなかろう・・・
(誰に言っているんだよ・・・orz)

伊予西条
・・・ということで、“赤い18きっぷ”のありがたい御利益(?)により、改札を出て・・・
(・・・って、時計が14時過ぎを指しているこの画像、伊予西条から帰る際の画像ですな・・・orz)

北館
(こちらは従来からある建物。現在では「北館」を称しています)
昨年の年末以来、約8ヶ月ぶりの“四国鉄道文化館”を訪ねてきました
(例によって無駄に長くなるであろう訪問記は、そのうちまとめます・・・(いつになることやら・・・orz))。

南館
7月に開館したばかりの「南館」も、もちろんしっかりと訪ねてきました・・・
(・・・というよりは、昨年末の訪問時にはなかった「南館」訪問の方がメインです・・・)。




さて、滞在時間3時間弱で“四国鉄道文化館”訪問を終えて、ふたたび普通列車乗継ぎの旅に戻ります・・・。
伊予西条からは、観音寺行きの普通4530M(伊予西条14:30発)に乗車です。

水
伊予西条駅の2番・3番乗り場には打ち抜き水が噴き出している水飲み場があります。
真夏にはありがたい設備。
タダで喉を潤して、停車中の4530Mに乗り込みます。

・・・もっとも、この4530M。松山から観音寺まで直通する列車で、しかも伊予西条では25分も(特急の通過待ちを兼ねて)バカ停しているため、車内は既にわりと席が埋まっている状態・・・。
ボックスシートなんてもってのほかで、ロングシートの空きスペースにどうにかこうにか座り込みました。
もっとも、伊予西条の次の次にある大駅(あくまでもJR予讃線基準ですが・・・)新居浜で、ロングシートの端にいた乗客が降りていったので、代わりに私がロングシートの端に居座って、展望席の旅と相成りました。

前面展望
割と前面展望は良好です。
ロングシートなので、首をひねらないと前が見えず、しんどいのはしんどかったですけどね・・・orz。

微妙に山越え
基本的には瀬戸内海に沿って走っている予讃線ですが、新居浜市と四国中央市の境界付近(駅でいえば多喜浜~関川間)は、ちょっとしたサミット状態となっています。
もっとも、同じ予讃線でも松山以南(特に八幡浜以南)や土讃線あたりと比べれば、可愛げなものですが・・・。

海沿い
愛媛県内最後の駅となる川之江を出ると、再び海に沿って走ります。

新型運賃表
そういえば、このとき4530Mで乗車した7000形。
運賃表が何気に新型でした・・・。

旧型運賃表
こちらは旧型運賃表。
わりと別物です・・・。

観音寺
伊予西条から1時間ちょっと、15:35に観音寺に到着。
ここからは階段を渡って、乗り換え時間3分で、普通146Mに乗車です。
すでに車内は割と乗客で埋まっていましたが、どうにかこうにか、山側とはいえボックスシートを確保できました・・・。

観音寺以東は、割と121系電車が多い印象がありますが、この列車は「7000形+7100形」の2両編成でした。
結局、松山からずっと7000系にばかり乗っていることになります・・・。

海沿い
海岸寺付近の海沿い区間では、工事中か何かだったのか、大いに減速して走行していました。
いい景色を堪能できると思えば、悪くはないですけどね・・・。

讃岐富士
多度津からは複線区間。
もう、行き違い待ちに悩まされることもありません・・・
(特急や快速の待避はあるでしょうが・・・)。

宇多津を出ると、車窓には讃岐富士の姿が・・・。

坂出着
16:27、坂出到着。
ここからは快速「マリンライナー」に乗り換えて、四国に別れを告げます・・・。

「エピローグ②--“赤い18きっぷ”の旅はつづく」につづく
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7000系→121系

この時間の普通列車は伊予市始発で変わってないな~。
7000系は普通でも結構飛ばすので乗って楽しいのですが、名古屋の地下鉄と同じモーター音なので通勤気分も(ただし最近の新車は違う音です)
混雑する時期には壬生川から特急で1区間先行し次の列車の座席確保をしたこともあります。
伊予西条接続も121系のまま、ただし行先が観音寺から高松になってますが。
かつては観音寺から113系の岡山行き。
自分の場合は当時多度津から阿波池田方面への接続列車が目的(キハ58・65)とか、あと坪尻訪問とか、阿波池田始発の快速サンポート乗車(快速運転は坂出からですがサンポート唯一の気動車運転しかも58・65の4連)。
このサンポートにはわざわざ時間を作って何回も乗車し、そのたびにこの伊予市発伊予西条行を利用しました。
宇和島から乗りとおす場合は松山まで行かずに伊予市でこの列車に乗り換えした方が海側クロスシートに着席しやすいですね。
松山まで朝の飛行機で来た時は、空港から市坪までタクシーを使ってこの列車に乗ってました。
松山で乗客が入れ替わるので海側クロス確保が目的です。
松山からだとロング確定ですし、長時間乗車ではもったいないし。

岡山発の下り特急

初めまして。
確か、岡山 しおかぜ 混雑というキーワードでブログを知った、松山→神戸の某公立大学に進学→出戻りで松山、で30代後半なKAZと申します。

阪神への移動は安さと時間を天秤にかけてもっぱら高速バスだったんですが、来月一緒に行く友人が仕事柄いつも見るバス(の運転)が嫌いということで、やむをえずJRの阪神往復フリーきっぷ土日用で行くことにした次第です。(爆)
行きは時間柄アンパンマンに即決ですが、帰りをどうするか・・
サイバーステーションで探ると、日曜の夕方は数日前から指定席は満席のようですし、指定席に乗れる切符で観音寺あたりまで自由席で立たされるのは損でシャクなので(笑)

新運賃表

JR四国のフルカラーの運賃表は7000系にも広がっていたんですね。僕が初めて見たのは1500形気動車の7次車です。この運賃表は今までのに比べて見やすいですね。走行区間によってマスの数を変えられるので、短区間であれば字の大きさを小さくすることもできます。また、1500形の7次車の場合で7000系ではわかりませんが、ワンマン運転してない時でも案内用に使えることが従来品との違いですかね。

Re: 7000系→121系

暇人寮監さん、コメントありがとうございます。

伊予市始発なのは、朝の通勤通学ラッシュ(まあ、松山の“ラッシュ”なんぞ、都市部から見たら微々たるものでしょうが・・・)の名残か何かでしょうか。乗車した列車の松山での停車時間は“1分”しかなくて、割とせわしなかったです。

また、この列車から伊予西条で乗り継ぐと、確かに多度津から阿波池田に向かう普通列車に接続します(現ダイヤでは、多度津13:58の4247D)。お盆に地元に戻った際に(またも18きっぷを利用したついでに)、その4247Dに乗車して、坪尻のスイッチバックを体感してきましたが、かつてはキハ58、65充当だったのですね。その頃に乗ってみたかった・・・(遠い目)。

そして、この4247Dが折り返す、阿波池田16:42発の4248Dは、現在でこそ琴平で系統分割されましたが、かつては堂々4連のキハ58、65の列車(快速「サンポート」)でした。
坂出以東の快速区間では、かつての急行時代を偲ばせる走りをしていたと思うのですが、結局乗りにいくことができないうちに廃車となってしまいました。今思い起こせば、無理にでも都合を付けて乗っておくべきでしたね・・・。

最後まで四国に残ったキハ65のうちの1両、「キハ65-34」は、この7月に開館した四国鉄道文化館の南館に収蔵されており、この「18きっぷの旅」にて逢ってきましたが、車内が現役時代最終版のままで、おもわずボックスシートに腰掛けて、しばし余韻にひたってしまいました(全国的にも、キハ65形の保存車はこの1両だけではないかと思います)。
あれほど“当たり前”であった急行形気動車が、いまや日本国内ではほとんどいないことに、時代の移り変わりを思わずにはいられませんね・・・。

Re: 岡山発の下り特急

KAZさん、こちらこそ初めまして。
「岡山 しおかぜ 混雑」というキーワードでこのヘボブログが出てくるのですか、それは知りませんでした(知っていても困りますが・・・)。何かお役に立てたのであれば何よりです。

さて、私自身も、松山→京阪神のどこかの私立大学に進学→大学院に入院して、未だに非常勤バイト講師として京阪神某所に居座っている30代後半ですが、地元と行き来する際には高速バスを利用することが最も多かったりもします。費用的な意味も大きいのですが、多くが3列独立シート車で(神戸線の伊予鉄バスと京都線を除く)、割と快適に過ごせますからね。
JR利用で四国から阪神地区に出る際には「阪神フリーきっぷ」がありますが、京阪神から四国に行く際にはほぼ「何もない」というのは、割と嫌がらせだと思います。
それはともかくとして、私自身が岡山で「新幹線→しおかぜ」と乗り継ぐ際には、お盆や年末年始の最繁忙期であることが多いこともあって、だいたい1時間無駄に待っています。そうすれば、当然ながら自由席であっても確実に座席にはありつけますが、一般の方からすればこれは“やりすぎ”でしょう。
1時間待ちは極端としても、本来接続する新幹線よりも「1本早い列車」を選択するのは、阪神地区での行程に影響する可能性はありますが、割と有効な選択肢ではないかと思います。岡山での待ち時間は20分程度に延びますが、岡山では割と早く車内整備が終わり、車内で待つことができますので・・・(発車の5分くらい前までホームで待たせる新大阪での山陽新幹線の折り返し整備も、少しは見習ってほしいものです・・・)。
最近の「山陽こだま」もそうですが、指定席利用可能な割引きっぷ類が充実してきていることもあって、「指定席は満席なのに、自由席では案外座れる」ことも、無きにしも非ずです。
もちろん、指定席のキャンセル待ちという方法もありますが、ご友人と一緒に行かれるのであれば、(下手にキャンセル待ちで離れた別々の席になるくらいならば)最初から自由席を狙うというのも、手かもしれません。
あとは、「時間帯によって全然混雑状況が違う」(多くの乗客にとって都合のよい時間帯の列車は、当然のことながら混みます)ということもありますが、そのあたりはKAZさんがどのような行程で帰りを考えていらっしゃるのかわかりませんので、何とも言えませんね・・・。
ともあれ、充実したご旅行になることを、願っております。

Re: 新運賃表

自称鉄道マニアさん、コメントありがとうございます。

昨年、今年と「バースデイきっぷ」で四国内をウロウロしましたが、絶対的な両数が少ないこともあってか、1500形の7次車(そして8次車)には未だに乗車したことがないのですが、液晶ディスプレイを活用したこのタイプの運賃表が、今後の標準になっていくのかもしれません
(ワンマン運転していない時は・・・(確認したわけではありませんが)JR四国だったら普通に電源を切っていそうです・・・(苦笑))。

ちなみに、この7000形(デジカメ画像を漁ったら、どこの何号車かも出てくるとは思うのですが、外付ハードディスクをもってくるのを忘れたので今はわかりません・・・orz)で、走行区間によるマスの変更や字の大きさの変更がどうだったのかは何とも申し上げかねますが、「バースデイきっぷの旅」の一環で乗車した高知東部交通のバス(甲浦→奈半利→安芸)の運賃表も、まさにこのタイプの液晶ディスプレイを用いたもので、最初は文字も数字も大きかったのですが、最後の方になるとどうしようもなく細かくなっていました・・・(奈半利駅前の時点で、整理券番号「45番」ではねぇ・・・)。
割と高齢者の利用も多い路線なのですが、最後の方はきちんと見えるのかどうか、謎だったりもします(それでも、従来型よりは視認性が高いことに変わりはなさそうですが・・・)。

Re:Re: 7000系→121系

快速サンポートでの活躍は引退の1年前で終了してしまいましたが、それまでの間に時間をつくってはわざわざ乗りに行きました。
58・65系充当のサンポートは走りが「重厚」でして(笑)坂出→高松間で端岡のみ停車での運転でも他のサンポート(端岡と鴨川停車)よりも遅かったです。
ちゃんとヘッドマーク付きで丸亀付近からは前よりの車両は混雑していました。
なのでいつも最後尾の車両で音を楽しみました。

58の車内はデッキがなく一部ロングシートに対し65は原型のままでデッキ付き。
なのでいつも乗るのは65ばかり。
四国の58系列は普通主体の運用となったときにトイレとデッキが撤去された中、65だけはデッキ付きのまま残りました。
なにか改造に不都合でもあったのでしょうか?
65は地味目の車両なのに良く残ってくれました。

そのうち伊予西条には行きたいなぁと思いますが最近の交通事情からたぶん飛行機でしょうねぇ。
橋を渡る鉄道・夜行バスよりも安い。
以前の飛行機も早期割引なら安かったですが最近の飛行機の早期割引片道6400円、時代の違いを感じてしまいます。

キハ58、65も、昭和30~40年代においてはそれなりの性能の車両だったのかもしれませんが、21世紀となっては、何かと厳しいところもあったのかもしれません。個人的には、国鉄世代の気動車の重々しい走りは、「いかにも走っています」感があって、乗り甲斐はあるのですけれどもね・・・。

また、平成初頭、四国から急行列車が消えていく(徳島線の「よしの川」だけはしばらく残っていましたが・・・)中で、キハ58と28の大半の車両にのみ近郊型化改造(トイレ・洗面所の撤去と車端部のロングシート化)が実施されましたが、そういえばキハ65は一両たりとも近郊型化改造されることがありませんでした。
常識的に考えれば、トイレ・洗面所の撤去をともなうキハ28・58の方が改造の手間がかかりそうなものですが、「どうせトイレや洗面所を撤去する大がかりな工事をするのならば、ついでにデッキと客室の仕切りも取っ払って、端だけでもロングシートに替えてしまえ!」ということだったのでしょうか。
あるいは、床下にも客室にもスペースの余裕がないキハ65に関しては、大がかりな改造が困難であった何らかの事情があるのかもしれませんが、今となっては謎です(四国に限らず、全国的にも、キハ65形の近郊型化改造工事の例はなかったと思います・・・)。

なお、私自身はほとんど飛行機を利用することがないのですが、一昔前に比べれば安く使おうと思えば使えるようになりました(LCCもだいぶ普及してきました。私のようなワイドボディ(失笑)では、狭いLCCの座席には収まらないかもしれませんが・・・)。これでは鉄道はおろか、長距離高速バスも苦戦するのが当然なのかもしれません。
何で来られるかはともかくとして、「四国鉄道文化館」は、“保存車両との距離が近い(キハ65については客室も開放されています)”ことは高く評価できるところだと思いますので、是非一度訪ねてみてはいかがかと思います(8月の記録を今更・・・感もありますが、私も一度きちんと記録をまとめておきたいと思うところです・・・)。
プロフィール

キモプアの紙

Author:キモプアの紙
キモメン兼デヴ兼クソヲタ兼フニーターで当然の帰結として“プア”・・・。略して“キモプア”。
その中でも(まあ、ほかに“キモプア”を自称する物好きもいないでしょうが・・・)選ばれし“逆”エリートゆえに“紙”(ペーパー的な意味で・・・orz)。

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