番外編④:キハ181-1(「リニア・鉄道館」保存車)

「キハ185系特急仕様車~阿波池田駅」のつづきです・・・

気がつけば3ヶ月近く前のことになろうとしている、今年の「バースデイきっぷの旅」の記録。
牛歩の如く進む記録も、3日目の終盤戦にさしかかっており、ようやっと終わりが見えてきたような気もします。

ところで、「キハ185系の特急仕様車」(というか、もともと特急用に登場したのですから、そちらがオリジナルに決まっているのですが・・・)について、四国最初の特急車両である「キハ181系」の思い出と絡めて書きましたら、いくつかコメントをいただきました。

キハ181系の(日本国内における)保存車は、今となっては

「リニア・鉄道館」の“キハ181-1”
「津山扇形機関庫」の“キハ181-12”

の、わずか2両しか存在していません
(他に、“キハ180-1”が、JR四国での廃車後にJR東海に買い取られて、長らく美濃太田駅に留置されていましたが、近年ついに解体されてしまい、中間車は国内には一両たりとも現存していません。JR西日本で廃車になった車両の一部がミャンマーに旅立っていきましたが・・・)。

キハ181-12
(フェンス外から撮影)
ちなみに、津山の“キハ181-12”は、この「バースデイきっぷの旅」にともなう四国入りに際して、姫新線~津山線経由で「赤い18きっぷ」でウロウロした際に、敷地の外からですが眺めるだけは眺めてきました。しかし、扇形機関庫の公開が原則として月1回のため、間近に見るのは案外難易度が高かったりもします。

他方で、「リニア・鉄道館」の“キハ181-1”については、“開館さえしていればいつでも逢える”ということで・・・

キハ181-1
「赤い18きっぷ」の有効利用(?)を兼ねて、9月上旬に「リニア・鉄道館」に出かけてきた際に、実に20年以上ぶりに“再会”してまいりました
そのときの記録を、「バースデイきっぷの旅」とは直接の関係があるわけではないのですが、「番外編」としてまとめておきます・・・。

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逆サイド
私のようなネイティヴ四国人(?)にとっては、

キハ181系=四国の象徴

なのですが、実際にはキハ181系が最初に投入されたのは、名古屋(一部大阪)と長野を結ぶ特急「しなの」号でした。
「リニア・鉄道館」では、登場時の「しなの」号文字ヘッドマークを掲出した状態で、現役最晩年のJR四国色から国鉄色に塗り戻されて展示されています
(「リニア・鉄道館」の開館前には、飯田線の中部天竜駅に隣接していた「佐久間レールパーク」で展示されていました・・・)。

表記
そのためか、検査表記等は、名古屋時代のものを再現しています
(まあ、名古屋にある博物館だから、それもそうか・・・)。

機器室
キハ181といえば、車体の約1/3を占める巨大機械室です。

運転室
運転席は切れ長のパノラミック・ウィンドウです。

台車
「リニア・鉄道館」の大きな特徴は、“展示車両との距離が近いこと”です。
それを生かして、周りをウロウロしてきました・・・(苦笑)

まずは台車から。

排障器
スノープラウ。
はっきり言って、四国時代は大して役に立っていなかったと思いますが、中央西線時代には必須だったのでしょうか・・・。

エンジン
そして、キハ181系を特徴づけるのが、(国鉄気動車としては)強力なDML30HSCエンジン
排気量30000ccで、500馬力を発揮して、勾配線区の救世主となりました
(JR世代の気動車からすれば、「しょぼい」となるのかもしれませんが、キハ80系に比べれば飛躍的な進歩だったのですよ・・・)。

説明
説明プレート。
四国時代のことなんて一言も書かれていません・・・orz

ちなみに、この“キハ181-1”をはじめとするキハ181系の初期車は、「しなの」号でしばらく活躍した後、同列車の381系電車への置き換えにともない四国へと転配され、四国の主として生涯を終えています・・・
(そういえば、キハ181系を置き換えたのは、「つばさ」号と山陰特急の485系電車(その成れの果ての183系電車も含む)と、「はまかぜ」号のキハ189系を除けば、381系電車然り、2000系気動車然り、8000系電車然り、HOT7000系気動車然り、キハ187系然り・・・と、“大半が振子式車両”です。それだけ「線形の悪い線区」ばかり走っていた・・・ということなのでしょう・・・)。

力強い
貫通扉と連結器。

シンボルマーク
国鉄特急のシンボルマーク。
今では、このシンボルマークをつけて走りまわっている特急車も少数派になってしまいました・・・(気動車特急としては、北海道のキハ183系の一部車両だけですね・・・)。

見上げてみれば
見上げてみてもほれぼれするようなスタイルです。
もっとも、私自身が最初に出会った特急車がこのキハ181系であることは、割り引いて考えるべきかもしれませんが・・・
(個人的には、「しなの」よりは「しおかぜ」の文字マークの方がしっくりきますけどね・・・)。

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さて、「リニア・鉄道館」の保存車両のもう一つの特徴は、“客室への立ち入りができる”ことです(奥に籠っている車両と、機関車についてはさすがに開放されていませんが・・・)。
これも、実際に訪問してみて大変うれしい特徴でした。

表記

埋められたステップ
・・・ということで、キハ181-1の車内に、20年以上の時を経てふたたび入ります・・・
国鉄形気動車らしく、地方線区の低いホームに対応して本来はステップが乗降扉にあるのですが、入館者が入る側の扉のステップは、埋められております。

オリジナルのステップ
逆サイドはオリジナルのステップを目の当たりにすることができます。

いざ客室へ
いざ客室へ!

奥には行けないんだけどな
室内は、JR四国にてアコモデーション改良工事を受けて、原形の回転クロスシート(リクライニングしない)から、リクライニングシートに換装された状態で保存されています。
だから、

「しなの」よりは「しおかぜ」の方が・・・
(もういいよ、四国人の願望垂れ流しは・・・orz)

車内環境を保全するためか、奥に立ち入ることもできなければ、座席に座ってみることもできませんが、

車内に入った時に“空気が変わる”
(廃車になってから20年以上経つのに、エンジンの油のにおいが漂ってきたような気がした・・・気のせいかもしれませんが・・・・)

のですから、さすがに特急車両、千両役者というものです

少しズーム
少しズームをかければ、現役時代を彷彿とさせてくれます。

飾り気のない天井
飾りっ気のない天井が、国鉄くおりちーです。

座席
座席です。
リクライニングシートで、私の昔の記憶に従えば、(普通車座席としては)割と深く倒れる座席でした。
この座席に換装されたのは、JR四国発足~瀬戸大橋線開業の前後だったはずですが、国鉄形特急車両の普通車アコモ改造に際してド定番であったR-55系の座席ではなく、幅広で高さの低い、他車では例を見ない座席が設置されました
(R-55系列の座席の方が、キハ185系と予備品を共通化できそうなものなのですが・・・。ちなみに、JR西日本のキハ181系普通車が座席換装された際には、R-55系の座席が搭載されています)。

私はそこまで詳しくありませんが、一説によると船舶用の座席を転用した(同じような時期に登場した「アイランドエクスプレス四国」のオロ50形の座席も、幅があって高さが低く、背面テーブルにモケットが張られていた)という説もありますが、JR化当初は宇高連絡船を運航していたJR四国のこと、船舶用の座席の方が、入手しやすかったのかもしれませんね。

座席交換当初は、キハ185系と同様のベージュ系のモケットをまとっていたのですが、瀬戸大橋開業後の平成2~3年頃に、一部車両がこの赤系のモケットに再交換されました(全車には及ばなかったはずです・・・)
再交換されたと思ったら、平成5(1993)年には、四国では全廃されるのですから、何がしたかったのか割と謎だったりもします
(当時のJR四国には、瀬戸大橋バブルのおかげ(?)で、今と比べて比較にならないくらいゼニがあったんでしょう・・・きっと・・・)。

テーブル
テーブル。
背面テーブルと言えば背面テーブルなのですが、テーブルにもモケットが張られているという謎仕様です・・・。

フットレスト等はありません
フットレストや、足もとの蹴り込み等はありません。
シートピッチは910mmのままだったはずです。

足もとには配管
足もとに配管が這っているのが、国鉄形くおりちーです
(いや、2000系気動車や8000系電車でも這っていますけどね・・・(苦笑))。

展望は絶望です
運転室と客室の間に巨大機械室があることもあって、前面展望は絶望です。
その意味でも、(四国における)キハ185系の登場は衝撃的でした・・・。

広告は四国時代のまま
ちなみに、壁には広告が残っていますが、明らかに四国時代のままですね・・・
(「瀬戸大橋フィッシャーマンズワーフ」・・・与島にありましたっけ・・・)。

指定席
客室とデッキの仕切。
車内情報表示装置が発達した現在、「緑のプレートが指定席/青のプレートが自由席」と言われてピンと来る人がどれだけいるのでしょう・・・

トップナンバー
トップナンバーの証。

味のある書体
ちなみに、機器室が全体の1/3を占めるキハ181形の場合、トイレは基本的にありません
(キハ180形から改造された100番台を除く)。
そのための、「隣の車両に行ってね」ですね・・・。
書体にいちいち味があります・・・。

天井
ちなみに、「リニア・鉄道館」の展示室は原則として平屋(ただし天井は非常に高く、開放的です・・・)ですが、展示室を取り巻くように広がる2階フロアから、展示車両の屋根も眺められるという“よくわかっている”構造です。

キハ181形の屋根を、2階の正面からズームをかけて眺めてみました。
キハ181系の屋根と言えば、中間車に恐竜のヒレか何かの如く林立する放熱器(走行風による自然冷却。よって低速となる勾配線区のような肝心なところで役に立たない・・・orz)ですが、キハ181形の天井もまた、機械室の上にある強制冷却装置が特徴的です。

**********

結局、このときの「リニア・鉄道館」訪問時には、何だかんだ言っても5時間半ばかり滞在していたのですが(どんだけ堪能してんねん!)、単体で言えば、やはりこの“キハ181-1”に一番時間をかけていたと思います。

思い入れが全然違いますしね・・・。

かっこいいです
本当に、貫通型でありながら気だかい気品を感じさせるスタイル
国鉄にとって看板であった特急・急行形車両については、「みっともないデザインにするな」という意気込みが国鉄にはあったともいわれますが、わかるような気はします
(JR四国の8200形や8400形、あるいはJR西日本のキハ187形って、何なのでしょうね・・・(笑))。

この“キハ181-1”、名古屋の地でいつまでも大切にされていてほしい・・・と願うばかりですが、同時に、キハ181系王国であった四国に、同系の保存車が1両たりとも“ない”ということに、一抹の寂しさを禁じ得ませんでした・・・
(20年前に「四国鉄道文化館」があったら、また変わってきたのでしょうけれどもね・・・)。

(今度こそ、「南風26号~宇多津駅」につづく・・・
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中間車も残して欲しかった

リニア・鉄道館は近所(1時間弱)ですが行ったことありません。どこかのついでに、の立地ではないのでしょうがないか。
ラジエータが特徴的だったのに中間車が国内に残存していないのは残念です。
モケットの色、自分が知っているのは茶色でした。
周遊券(古!)で四国を乗り回した頃、予讃の181系いしづちは5両、土讃の181系しまんとは4両。自分が最後に乗ったのは最後の月だった3月、しまんとの高知→土佐山田。その車両は運用終了後長らく阿波池田で留置されていた覚えがあります。
181系先頭車は運転席間際(機械室)に座ると時々エンジン音と違う音が響いて独特でした。
そういえば先頭車にはトイレもありませんでしたね。四国の181系は中間車を改造して先頭車化した車両にトイレがありましたが、山陰のいそかぜとか、3両編成でトイレ1ヶ所、しかも穴から線路が見えた記憶が・・・
たしかキロ180は両端にトイレがあったんですが、四国の車両は1つ車販準備室に改造されていてありませんでした。
もうかなり昔の話ですね。

中間車の保存車がないのは残念です

「リニア・鉄道館」がご近所ですか。
近くにあるからこそなかなか行かない・・・ということは、確かにあるかもしれません(京都住まいの私も、有名寺社に出かけることなんてほとんどありませんしね・・・)。それ以前に、確かに「名古屋港の果て」(あおなみ線で終点まで乗らなければならない)という立地は、「行くのだ!」と意気込んでいかないと、なかなか行けないところなのかも、しれませんね・・・。

1990年頃に、一部のキハ185系のモケットが青系(こちらは、色がだいぶくすみましたが今でも現役です)に、一部のキハ181系のモケットが赤系になりましたが、茶色というか、ベージュに縦線の帯が入っている、換装された当時のモケットも、最晩年となる1993年まで並存していました。赤座席に当たるとちょっとトクしたような気にもなったものですが、冷静に考えると“同じ座席”なんですよね・・・。
運用を終えたキハ181系は、土讃線ではご指摘の通り阿波池田に、予讃線では八幡浜にしばらく留置されており、同年の秋に、徳島国体にともなう「うずしお」号の増結によりまさかの高徳線での復活を経て、四国からは消えていってしまいました・・・。かえすがえすも、キハ180形であれ、キロハ180形/キロ180形であれ、中間車が一両も保存されていないのはもったいないところです・・・。

ちなみに、山陰のキハ181系といえば、1990年代後半に、18きっぷで鳥取周辺をウロウロしていた際に、一度だけ「おき」号の末端区間(倉吉→鳥取)を乗車したことがあります。途中ノンストップの特急らしい走りは、晩年の四国では味わえなくなっていたもので、地味に感動したのが半分、中間車キハ180形のトイレが“垂れ流し”だったことの衝撃が半分でした(四国では、少なくともJR時代に入ってからは循環式処理装置が取り付けられていました)。
キハ181形の機械室の直後に乗ると、ずっと回っている発電機関に、強制冷却装置の作動音が“うるさかった”のも、今となっては思い出です。余談ながら、むかし「いそかぜ」号の展望DVDを買ってきて喜び勇んで観照していたら、「DML30エンジン(走行機関)」の音がほとんど聞こえてこなくて、何だかなぁ・・・と思ったこともありました。
プロフィール

キモプアの紙

Author:キモプアの紙
キモメン兼デヴ兼クソヲタ兼フニーターで当然の帰結として“プア”・・・。略して“キモプア”。
その中でも(まあ、ほかに“キモプア”を自称する物好きもいないでしょうが・・・)選ばれし“逆”エリートゆえに“紙”(ペーパー的な意味で・・・orz)。

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