キハ185系特急仕様車~阿波池田駅

「剣山9号」のつづきです・・・

阿波池田到着
「剣山9号」に揺られてやってきたのは、阿波池田駅です。
この駅に戻るのは・・・5時間ぶりくらいです(笑)
(「南風16号」で通過して、児島→高松→徳島→阿波池田・・・と戻ってきた)

キハ185系
先程まで乗車していたキハ185系は、35分の折り返し時間で、徳島線の最終上り特急となる「剣山14号」になって徳島に戻っていきます。
発車まで3番乗り場に据え付けられたまま(扉も開きっぱなし)ですので、これ幸いとキハ185系特急仕様車(・・・というか、普通仕様車の3100番台が派生番台であって、こっちがオリジナルなのですが・・・)の車内画像を集めます。

シンプルな天井
キハ185系は国鉄最晩年となる昭和61(1986)年から製造されましたが、国鉄形らしく車内はシンプルです。
飾りっ気がないともいいます。

座席
無駄がない機能的な空間・・・とでもいうところでしょうか。
今となっては“並”か、ちょっと並より劣るレベルの特急ですが、登場時には

普通車の座席が傾く!!
(何せ、キハ185系の登場時に、四国特急を分担していたキハ181系の普通車は回転クロスシート(リクライニング何それおいしいの?)でしたので、隔世の感があります・・・)

ことに、地味に感動したものです。
そういえば、四国のキハ181系のグリーン車には、結局一度も乗ることができずじまいでした・・・orz
(平成18年に、当時現役だった「はまかぜ」号のキロ180形に乗車した(しかも姫路→大阪という中途半端な区間だけ・・・)のが、最初で最後のキハ181系グリーン車体験でした・・・)。

正規座席
ちなみに、この濃紺のモケットは、平成8(1996)年に特急「剣山」号が登場した際にモケット換装を受けた車両に装備されたものです。
もっとも、登場当初から、「剣山」号と「うずしお」号でごちゃ混ぜに運用されていましたけどね・・・(平成8年当時の「うずしお」号は、全列車がキハ185系でした・・・)。

ところで、後ろの座席、よく見るとちょっとヘンです・・・。

アンバランス
背面と座面でモケットが違うぞ!!

実際の座り心地に影響するものではないのかもしれませんが、仮にも特急料金を徴収する特急仕様車であるならば、ここはちゃんと揃えておけよ・・・とは、割と思いました。

ステンレス車体であまり劣化を感じないキハ185系も、気がつけば登場から25年以上
あちこちガタがきていると言えば、それまでなのかもしれませんが・・・
(もっとも、JR四国の特急車で言うならば、走行距離がはるかに多い2000系気動車の初期車の方が、劣化具合という意味ではエラいことになっているかもしれません・・・)。

温度計
壁には温度計。
これも国鉄の遺産です・・・。

デッキ
デッキの天井。
今更気がつきましたが、客室の照明はレール方向になっているのに対して、デッキでは枕木方向なのですね・・・。

**********

19時を回り、いかに夜が長い7月といえども夜のとばりが降りてきた阿波池田駅ですが、帰宅客に対応するためか、各方面への普通列車もスタンバイ中でした。

普通列車
1番乗り場にいた1000形気動車は、土讃線を下って大歩危に向かう普通4273D。
琴平始発ですが、阿波池田では32分も停車しています。

単行
他方、5番乗り場に停車していた1500形気動車は、「剣山14号」に続行して徳島に向かう普通4480D。
もう入線しているんですね・・・。

ミニかずら橋
4番乗り場と5番乗り場の間には、“ミニ・(祖谷の)かずら橋”があります。
なかなかの秘境だそうでして、阿波池田駅からは30km離れているそうです。
私は一度も行ったことがありませんが、渓谷の上を横切るゆらゆら揺れる橋・・・考えるだけでいろいろすくんできそうです
(そんな私はガチガチの高所恐怖症ですが、何か?)。

構内
土讃線と徳島線の拠点駅だけあって(厳密には、徳島線は当駅の北の佃駅から分岐しますが・・・)、駅構内も広々としています。

跨線橋
跨線橋を渡って・・・

スロープ
駅本屋のある1番乗り場にやって来ました。
昔はこの1番乗り場は存在せず、どの乗り場に行くにも跨線橋を渡らなければならなかったのですが、大変便利になりました・・・。
スロープつきに改装され、何気にバリアフリーに対応しています。

**********

駅舎
特に駅の外に用があるわけではないのですが、乗り継ぐ「南風26号」の到着まで少し時間が空いたこともあり、一旦改札を出てみました。

三角屋根の駅舎というのも、山間部の拠点駅には割と相応しいのかもしれません(イメージ的な意味で・・・)。

駅前には商店街があるのですが、19時を回ると、駅構内の店はもとより、商店街の店もほぼ閉まってしまっており、夜間の食料等の調達に際しては、駅前ではかなり難しいところがある・・・ということになりそうです。

・・・ということで、観察もそこそこに「みどりの窓口」へ向かい、締めとなる「南風26号」と「しおかぜ29号」のグリーン車指定券の発券を受けます。

その際、

児島まで行くか宇多津で折り返すか多度津で折り返すか
(別に丸亀で折り返してもいけないという規則はないのですが・・・)

・・・という三択で思案したのですが、

“今まで一度もきちんと降りたことがない駅”ということで、宇多津にて折り返すことにしました

1番乗り場
ふたたび改札をくぐり、1番乗り場に戻ってきました。
先程から、キハ185系(「剣山14号」)と1500形(4480D)が停車中です。
両列車とも、これから私が乗車する「南風26号」に接続する形になっています。

時刻表
「南風26号」は、阿波池田19:46発です。
ちなみに、土讃線特急にも・・・というか、こちらが本家本元なのですが、「アンパンマン特急」が存在します。
だいぶ“色あせた”アンパンマンのついている列車が、その合図です・・・。

待ちます
ホーム上の簡易ベンチに腰掛けて、しばし到着を待ちます・・・。

「番外編④「キハ181-1」(「リニア・鉄道館」保存車)」につづく・・・
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No title

なつかしいですね、四国の181系。
一番最初に乗車した「南風」の181系がリクライニングしない車両でした。
もちろん新幹線も0系の時代、当然連絡船接続と30年も昔の話です。
当時の急行「土佐」「あしずり」の指定席はグリーン車格下げの車両があてがわれていたので本数の少ない特急(3往復)をわざわざ選んで乗ることもなくそれ以降は急行指定席ばっかり使っていました。
その後リクライニングする座席に変わりましたが足置きもあるし結局急行ばかり。
185系が登場したときは前面展望やら車内がもう国鉄離れしていて衝撃でしたが、「南風」(当時たしか4往復)は寝台特急接続の便のみ185系で他は181系、ほとんんど「しおかぜ」にあてがわれていて乗車した覚えがありません。
その後181系もグリーン車が半室になりました。自分はその時に中村→高知で使った覚えがありますが、半室の普通車のシートピッチがグリーン車並みに広くそちらの方が「乗りドク」でしたね。

キハ181

四国にも8000系投入までキハ181が走っていましたが、僕は生まれておらず、当然乗ったことはありません。キハ181には、はまかぜ号で2回乗りました。でもあれは座席も交換されていますので、オリジナル車に乗ってみたかったです。
考えてみると、キハ181が四国に投入されてから全車廃車になるまで(1972年から1993年の21年間)と2000系量産車が投入されてから今まで(1990年から2014年までの24年間)だったら、後者の方が長いですね。2000系には予備車が少なく、特に投入初期は予讃線松山以東のしおかぜでも使用されてステンレス車といっても老朽化が進んでいるでしょうから、もう本当は全車(N2000系以外の)置き換えなければいけないくらいなんでしょうが、そのお金はないでしょうね。
まあ、事業計画で発表されている新型特急気動車と8600系に期待しましょう。

Re: No title

暇人寮監さん、コメントありがとうございます。
私などは、辛うじて宇高連絡船を知る世代ですが、思えば昭和も遠くになりました(歳も取るわけです・・・)。
それはともかくとして、「グリーン車格下げの急行指定席」といえば、元祖乗りドク車両こと「キハ28-5200番台」ですね。同車の現役時代、私はまだ小中学生でしたが、確かに選んで乗っていたものです。あれに慣れると、特急料金を払ってキハ181系の回転クロスシートに乗る気がなくなる・・・というのも、よくわかる気がします(私個人としては、同車の最晩年に当たる平成2年の夏、はじめての独り旅で、当時存在した「四国島内フリーパス」にて、急行「うわじま」号の間合い運用であった伊予長浜経由の普通列車で乗車したのが最後の乗車となりました・・・)。
また、キハ185系が登場した際には、確かに予讃線で集中運用されていましたね(昭和61年11月当時、「しおかぜ」号の13往復に対して、「南風」号が4往復しかなかった・・・という事情もありますが)。私自身は昭和62年の正月に、家族旅行で初乗車しましたが、まさに「衝撃」でした。リクライニングシートで、走りも軽快、何より“前が見える”車両でしたからね・・・。
また、キハ185系にあわせてキハ181系もアコモ改善が実施され、普通車もリクライニングシートに換装されると同時に、グリーン車がキロハ180形に換装されました。同車の普通室にも一度だけ乗車したことがありますが、そのときには「前の席に足が届かない」としか思いませんでした(苦笑)。今から振り返ると、普通室部分のシートピットがグリーン車時代のままだったのですね・・・。

Re: キハ181

自称鉄道マニアさん、コメントありがとうございます。
キハ181系の現役時代をご存じないとは、平成生まれですか。若いですね・・・(遠い目)。

ちなみに、「はまかぜ」号のキハ181系の普通車は、国鉄形リニューアル車の定番ことR-55系列のシートでしたが、四国のキハ181系のシートは、なぜかR-55系列ではなく、他に例を見ないシートが用いられていました(「アイランドエクスプレス四国」と同様に、船舶用のシートを転用したという説がありますが、真偽は定かではありません)。
余談ながら、先月に宿願(?)であった名古屋の「リニア・鉄道館」に出かけてきて、保存車の「キハ181-1」に逢ってきたのですが、国鉄色に塗り直されていたものの、車内の雰囲気はJR四国時代のままで、懐かしさのあまり涙が出てきました・・・(そのうちここでも訪問記をまとめようと思いますが、ネタが溜まっているのでいつになることやら・・・)。
ちなみに、キハ181系のアコモ改造で捻出されたオリジナルの回転クロスシートが、一部のキハ58形に転用されていて、グリーン車格下げのキハ28-5200番台ほどではないにせよ、ちょっとした乗りドク車両となっていたのも、今となっては思い出です・・・。

また、四国のキハ181系は、西日本の同系列車と違って廃車が早かったですが、平成初頭の四国は高速道路が爆発的に普及していた時代であり、対抗上しかたなかったのかもしれません。廃車になる頃には、「JR西日本に売却する」という噂もまことしやかにささやかれましたが、結局実現しませんでしたね。
そのキハ181系よりも走行距離という意味では絶対に上の2000系初期量産車が、(先頭車限定とはいえ)リニューアル工事を受けて、少なくとも向こう10年くらいは現役でい続けそうなところに、JR四国の厳しい台所事情を見るような気は、私もしています・・・(新型特急気動車、計画にはあるようですが設計は進んでいるのでしょうかね?全然情報が出てこないので・・・)。
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キモプアの紙

Author:キモプアの紙
キモメン兼デヴ兼クソヲタ兼フニーターで当然の帰結として“プア”・・・。略して“キモプア”。
その中でも(まあ、ほかに“キモプア”を自称する物好きもいないでしょうが・・・)選ばれし“逆”エリートゆえに“紙”(ペーパー的な意味で・・・orz)。

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