“やらない善”より“やる偽善”なのか・・・

世間はゴールデンウィークに入りました。

もっとも、学校関係の人種からすると、

5月1日(火)と2日(水)の、カレンダーの黒い数字が疎ましい

・・・と、なるのかもしれません。

とりあえず昨日今日と天気がいいのはありがたいです。





さて、そんな連休さなかのこと、あるターミナル駅に降り立ってみると、休日なのに高校生が大挙して募金活動をしていました。
誰でも知っているレベルの団体の募金活動だったのですが、この手の募金活動の現場に遭遇すると・・・




はたして募金された額のどれだけが必要とされる人たちのところに届くのか
(“全額届く”のが原則とはいえ、だからといって手数料や広報費用も自腹なのか・・・というジレンマに、大きな団体になればなるほど直面するわけで・・・。さりとて、どこぞやのように大っぴらにピンハネされるのも・・・)

そもそも彼ら/彼女たちはどこまで「自発的」に活動しているのか

(どこかからの有言無言の圧力で休日を返上させられて??? ・・・非自発的であるならば、募金する人が多いと次の機会以降に連綿と負の連鎖が・・・)


・・・などということを考えていると、結局素通りになるという、この現実

まがりなりにも高校生がしているのであれば、高校生がピンハネするとはあまり思えませんが、他方で“大人は汚い(場合もある)”ものですからね・・・。

たとえ全額ではなく“かなりの部分”になるとしても、支援を必要としている人の手に届くのであれば、“やる偽善”の方がまだ大いにマシなのかもしれませんが、そもそも“見捨てられた世代”ことロスジェネに属し、いい歳して非正規雇用の重ね掛けの私にそんな余裕あるのかという気も、しないでもありません。


もっとも、あれこれと理屈を立ててスルーすることで、“偽善以下”という見方も成り立つわけでして、妙に忸怩たるところを残したのでありました。

他方で、募金というのも「線引き」をしておかないと、街頭募金の求め全てに応じることなど、たとえ正規雇用されて経済力があってもできやしないわけで・・・。





・・・その意味では、募金にしてもそうですし最近はやりのクラウドファンディングにしてもそうですが、


出したお金がどのように使われているかの説明責任を果たす

ことこそ、実は鍵になるのかもしれません
(説明責任を果たすためにサイト作成費用だとかパンフレット作成費用だとかがかかるのであれば、それが募金の一部からまかなわれるのは、しかたないのでしょうか・・・)。

そういえば、高校生の傍らを通り過ぎて通りをフラフラ歩いていたときに、たぶん外国人(アジア系)の人がやや拙い日本語で「アジアの恵まれない人たちに」と個人募金を持ちかけてきましたが、これはさすがに躊躇なくご遠慮申し上げました。

もちろん、「事実」だったのかもしれませんが、それにしてもどこの組織の誰かわからない「個人」に募金するのは・・・無理です
(純粋な善人なのか詐欺師なのかをその場で瞬間的に見分けるなんて芸当、私にできるはずもない・・・)。
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キモプアの紙

Author:キモプアの紙
キモメン兼デヴ兼クソヲタ兼フニーターで当然の帰結として“プア”・・・。略して“キモプア”。
その中でも(まあ、ほかに“キモプア”を自称する物好きもいないでしょうが・・・)選ばれし“逆”エリートゆえに“紙”(ペーパー的な意味で・・・orz)。

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