南風22号~児島駅

「南風15号~大歩危駅」のつづきです・・・

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夕暮れ時・・・を通り越して、何やら雲がどんどん黒くなっていく大歩危駅で待つことしばし、雨粒が落ち始めるとほぼ同時に、高知駅からやってきた「南風22号」が到着しました。

大歩危駅から5人ほどの乗客を乗せて、17:01に発車です。
途中の阿波池田駅までは、2号車の自由席区画の空席に座ることにしました。

2000系量産車が登場した当時の姿を残すこの青モケットの座席・・・気がつけばずいぶん少数派になってしまいました。
座席自体はかなり“くたびれ風味”ですが、提供される掛け心地はいまもなお良好です。

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先程まで駆けてきた道を、車体を傾けながら戻っていきます・・・。




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(画像は琴平駅停車中のもの)
17:18、阿波池田駅に着きました。
ここからは、事前に取得しておいたグリーン車指定券の指定する座席に座ります・・・
(当初予定では、阿波池田駅で1時間ほどの待ち時間を過ごすか、大歩危往復をこなすか決めかねていたので、大歩危~阿波池田間のグリーン車指定券の発券を受けていなかったのです・・・)。

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2000形のラストナンバーとなる2011号が充当されていました。
リニューアルされていない原形車ですが、少々モケットがくすんでいるのはともかくとして、2000系グリーン車らしい、安定した掛け心地を提供してくれます・・・。

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フットレスト。
三段階の高さ調整機能と、表裏反転機能(裏面はモケット)を備えます。

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普通室との仕切扉。

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その仕切扉の上にも情報表示装置があるのが、グリーン車のグリーン車たる所以でしょうか・・・
(普通室のグリーン車との仕切扉の上には、情報表示装置がない・・・地味ながら“格差構造”・・・)。

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ちなみに、阿波池田駅の時点ではグリーン車には誰もおらず、貸切・・・
真っ昼間の「南風」号のグリーン車としては、珍しい光景ですね・・・。

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荷物棚。
2000系量産車の登場時には、グリーン車の荷物棚は航空機と同様のハットラックタイプでしたが、忘れ物が多かったのか、メンテナンスがめんどくさかったのか、かなり早い段階で、通常の荷物棚に変更されていた・・・はず。

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三好の市街地を見下ろしながら、軽快に勾配を駆け上がっていきます・・・。

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平野部に入っても軽快な走りで、琴平、善通寺、多度津・・・と停車するも、普通車に乗り込む客はいても、グリーン車に乗り込む客はなし。
相変わらず貸切です・・・。

多度津駅の構内には、すっかり荒れ果てたキロハ186形のトップナンバー車。
すでに廃車になって久しく、床下の機関も撤去された状態ですが、まさかの“復活”は、ある・・・のか?

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18:07、宇多津駅に着きました。
相変わらずグリーン車は貸切です・・・。

この駅からは、N2000系の充当される「うずしお22号」との併結作業が行われます。
もっとも、南風号は併結作業終了後の客扱いのため、外に出て併結作業を眺める・・・というわけにもいきません。

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扉が開いたときには、すでに併結作業が終了していました。
4分の停車時間があるため、一旦外に出てみます。

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反対側の乗り場では、「しおかぜ21号・いしづち21号」の併結作業が実施されて・・・って、この列車、所定では「アンパンマン列車」のはずなのですが、この日はなぜか、ノーマルの8000系が充当されていました
車両トラブルでも起こして代走していたのか、はたまたアンパンマン列車が検査にでも入っていたか・・・。

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窓越しに運転室。
マスコン・ブレーキともに前後動作というのが、JR世代の象徴なのかもしれません・・・。

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宇多津駅を出ると、列車は瀬戸大橋にさしかかります。

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前日は「マリンライナー」号の2階席から望んだ瀬戸大橋・・・
振子式気動車の低い目線から眺めるのも、よいものです・・・。

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18:23、児島駅に着きました。
例によって、ここで降車です。

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JR西日本の乗務員に交代して、列車は岡山駅を目指してラストスパートです。




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・・・と、いうことで(?)、前日に引き続いて児島駅にやって来ました。

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このときは少し時間がありましたので、一旦改札の外に出てみました。
なお、児島駅はJR西日本の管理ですが、“バースデイきっぷ”を提示すれば、問題なく改札を通ることができます。

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西口。

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むかし児島は、島だった






・・・そうでしょうね・・・

(・・・でなければ、“○島”という地名にならないでしょ・・・たぶん・・・。なお、大規模な干拓事業によって、もともと広かった児島湾がだいぶ縮小した・・・という事情だった、はず・・・)。

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高架の下をスタスタとくぐりまして、こちら東口。
駅前広場はありませんが、国道430号線が通っていて、交通量は割と多いです。

なお、立派な高架駅であるのは将来の四国新幹線の乗り入れにも対応して・・・ということだそうですが、四国に新幹線が延びる日は・・・来そうにありませんね・・・orz
(瀬戸大橋も、構造としては新幹線を走らせることができるそうですが・・・)。

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ふと足元を眺めると・・・。

後で調べてみたところ、倉敷市水道局のキャラクター“くらっぴぃ”というそうですが・・・






微妙に人を食っているような気がするのは、気のせいか・・・?

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さて、そうこうするうちに、次に乗り継ぐ「しおかぜ23号」の発車時間が近づいてきたようです。
ホームに戻り、到着を待つことにします。

(「しおかぜ23号」につづく・・・)
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南風15号~大歩危駅

「剣山7号」のつづきです・・・

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「剣山7号」に揺られて、阿波池田駅にやってきました。

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相変わらずだだっ広い構内ですが、昼間に滞泊している車両はほとんどいません。
まあ、運転所でも車両区でもないのですから、それもそうですか・・・。


さて、第二日の締めは、“四国最高峰のグリーン車”こと、8600系グリーン車への乗車ですが、(8600系グリーン車組み込み編成は)なにせ1日に4往復しか運転がありません
(最繁忙期--「しおかぜ」号が編成の全体となり、全車が岡山駅を発着する時期--に至っては、8600系のグリーン車に乗車することは(原則として)できなくなるという現状もあります)。

そのため、時間調整を兼ねて(?)、「南風15号」に乗り込んで、大歩危駅に向かうことにしました。

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(画像は大歩危駅到着時のもの・・・)
跨線橋を移動して1番ホームについて、待つことしばし。
岡山駅からやって来た「南風15号」が到着しました。

ちなみに、大歩危駅までは20分弱の旅路ですので、自由席に乗り込みました。
3連しかない「南風」号、自由席車の座席数は80席に満たない・・・(3号車の52名分と、2号車の一部(12番~17番席)24名分)のですが、どうにか3号車の車内に窓側席の空席を見つけ、座り込みます。
若干の乗客の入れ替わりがあった後、16:30の定刻に発車です。

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前日は「四国まんなか千年ものがたり」号のゆったりと走る車内から眺めた大歩危峡と小歩危峡・・・。
振子式気動車は、車体を左右に傾けながら--そして、盛大な振動を発しながら--駆け抜けていきます・・・。

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16:48、わずか18分の疾走を終えて、大歩危駅に着きました。
その後の行程の都合上、ここで降車します。

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かつての国鉄時代には、長大列車が待避していたのでしょうか・・・長い構内が、在りし日を偲ばせるかのようです・・・。

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特急列車がデータイムにほぼ1時間ごとに走る(四国では)幹線の駅ですが、定期列車の全列車が停車することもあってか、あるいは、どのみち本数が少ないからか、ホームと駅舎は構内踏切で結ばれています。

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かずら橋のミニチュア・・・。
阿波池田駅のホームだけでなくて、ここにもあったのですね・・・。

なお、祖谷のかずら橋には、ここ大歩危駅からの方が距離が近かった・・・はずです。

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駅舎には子泣き爺師匠(←勝手に命名)。
そういえば、前日の「四国まんなか千年ものがたり」号のウェルカムドリンクとして“妖怪茶”が出されましたが、“妖怪の郷”と言われても、納得がいくような山の中です・・・。

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駅舎を出て、駅前を望む・・・。
特急列車が全列車停車する駅の駅前とは、あまり思えない風景です。
なお、特急列車の停車駅でありながら、駅は無人駅でした・・・(かつては駅員の配置もあったのでしょうが・・・)。

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トイレを覘いてみました。
なかなかに“洒落た”掲示で・・・




さて、ここ大歩危駅からは、「南風22号」に乗車して児島駅まで抜けて、8600系が充当される「しおかぜ23号」に乗り継ぎます。
「南風22号」の発車時間が近づいてきましたので、駅舎観察もほどほどに、ホームに戻ることにしました。

なお、山間の小駅と見せかけて、待合室には外国人を含め5人ほどいたのですから、“秘境”も観光地の玄関口なのか・・・。

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“スマイル”している駅舎も、木のプレートに彫り込まれているのが、山間の駅の山間たるゆえんなのかも、しれません・・・。

「南風22号~児島駅」につづく・・・

剣山7号

「普通5550D~普通4552D~むろと4号」のつづきです・・・

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甲浦往復を経て、14時過ぎの徳島駅に戻ってきました。
ここから先は・・・

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徳島線を走る特急「剣山7号」に乗り継いで、阿波池田駅を目指します。
「むろと4号」からの接続はあまりよろしくなく、約1時間の待ち時間があります。

JR四国の関連事業に敬意を表して、パン屋「ウィリーウィンキー」にてパンをいくつか調達して、さっさと展望席の乗車位置に並ぶことにします
(「剣山」号の下り列車の先頭席は、すべて自由席のため、早い者勝ち・・・)。

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「剣山」号を始め、徳島線の列車は、駅本屋に最も近い、行き止まり式の1番乗り場(かつての0番乗り場)から発車することが多いですが、“絶対”ではありません・・・。
もっとも、「剣山7号」については、1番乗り場からの発車です。

その1番乗り場の眼下を眺めてみると、二つのキロポストが設置されていました。
手前側の「0」表示のものは徳島線の起点を示し、奥の「74」表示のもの--見えにくいですが--は、高徳線の終点(間近)を示すのでしょうか・・・。

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振り返れば徳島運転所。
国鉄形とJR形が共存しています。
たまたまか、昼寝しているだけなのか、国鉄色に戻されたキハ47形もいました。

なお、徳島運転所には常時キハ185系がいますが、これらのキハ185系の所属はすべて高松運転所。
四国の四運転所のなかで、唯一特急形車両の配置がないのが、ここ徳島です。
他方で、新鋭の一般型気動車である1500形は徳島にしか配置がなく、そのあたりで“バランス”(?)を、とっているのでしょうかね・・・。




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炎天下で待つことしばし--あまりにもクソ暑いので、ホーム上のアイスクリーム自販機で買ったアイスを、しばらく首に当てていたというのはここだけのアレな話です・・・--、阿波池田駅からやって来た「剣山8号」の編成が到着しました(徳島14:45着)。

この編成が車内整理のうえ、折り返し「剣山7号」になります。
何気に、今年になって国鉄色に塗り戻されたキハ185形が充当されていました。

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他方で、ヘッドマークはごらんのありさま・・・
国鉄色にこのヘッドマークは違和感炸裂にもほどがありますが、キハ185系は塗装にかかわらず共通運用ですからね・・・。

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外観は国鉄色ですが、座席も登場時のベージュのモケットに復元・・・とは、ならなかった模様・・・
(細かいことを言うと、モケットの変更と連動して、1990年代初頭に手すりが増設されているため、国鉄時代の座席そのまま・・・でも、ないんですけどね・・・)。

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現代の基準からすれば、辛うじて及第点というか、やや“しょぼい”とも思われる座席。
昭和61(1986)年の登場時には、普通車の座席がリクライニングする・・・ということで、衝撃を受けたんですけどね・・・
(当時併用されていたキハ181系の普通車は、オリジナルの回転クロスシート(もちろんリクライニングなど欠片もしない・・・))。

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ちなみに、国鉄色に復元されていながら、JRマークが存置されているというのは、画竜点睛を欠くというか、何というか・・・。
まあ、キハ185系が「国鉄車両」であった時期は4ヶ月ほどですから、難癖なのかも、しれませんけどね・・・
(そもそも、JNRマークもなければ、特急シンボルマークもなかった・・・)。

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帯の色が変わるだけで車両全体の印象が“がらっと”変わるのですから、塗装のマジック恐るべし・・・
(誰ですか、テープの色を変えているだけやん・・・などとヤボなツッコミをしているのは・・・(苦笑))。

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そんな国鉄色のキハ185形に挟まれしは・・・

みんな大好き・ゆうゆうアンパンマンカー


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連結面のこの“落差”。

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車内から眺めてみても、“ごらんのありさま”ですよ・・・。



お子様に大人気のスペースですが、実はこの車の座席はキロハ186形の“グリーン車”座席。
いわゆる“隠れグリーン車”となります・・・。

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もっとも、“隠れグリーン車の旅”は最終日のおたのしみ・・・にとっておきまして、このときに乗り込んだのは3号車の自由席です。
入線前にチラホラと列らしいものはできましたが、堂々3号車前側扉に先頭で並んでいただけのことはありまして・・・

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引き続き展望席の旅ですよ。
ホント、キハ185系は運転スペース(A席側)とデッキの間に仕切・窓がない分、展望性は圧倒的です

これで、「むろと1号~むろと4号~剣山7号」と、すべてキハ185系の最前列展望席に居座ることになりました・・・。
第一日が“2000系グリーン車祭り”だったとすれば、第二日はさしずめ“キハ185系展望席祭り”・・・といったところですか?

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そんな先頭車には、こんな“荷物”が・・・。
おそらく夕刊なのでしょうが、途中の主要停車駅で降ろされていっていました。

かつてであれば荷物列車が仕立てられたか、定期列車に荷物車が連結されていたのでしょうが、これが“現代の荷物車”なのかも、しれませんね・・・。

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ステンレス便器むき出しのトイレと

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利用者がひねらない出てこない蛇口(しかも、真夏であれば水のコックをひねったはずが、タンク内や配管内で加熱された熱湯が時折出てきてビビる・・・)も、国鉄世代の象徴なのかも、しれませんね・・・。




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15:01、定刻通り「剣山7号」は徳島駅を出発しました。
3号車自由席は、3割程度の入りと、ラッシュ時を除く徳島線特急の現状を典型的に示すようです・・・。

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佐古駅通過。
徳島~佐古間は、四国でも少数派の複線区間となります
(実際には“複線”の見かけをしているものの、高徳線と徳島線の単線並列区間だったはずですが・・・)。

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高徳線(画面右側)から分かれて、徳島線に進路をとります・・・。

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地図上は吉野川の南を走る徳島線・・・。
急勾配があるということもなく、線形は比較的良好で、キハ185系がまったりと走っているくらいが、ちょうどいいのかもしれませんね・・・。

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“まったり”と走っていることもあってか、両開き分岐器の駅が多数残存しています・・・
(四国内で一線スルー化がまともに行われているのも、予讃・土讃・高徳の主要三線くらいなのでしょうが・・・)。

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15:26、阿波川島駅に着きました。
3番乗り場では、徳島駅を先発してここまで先行してきた普通455Dが待避していました。

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阿波川口駅を出ると、何かと有名な「学」駅を通過します。
受験シーズンになると、この駅の入場券が五枚セットで売り出されることでも知られています。

つまり、“五入学=御入学”という語呂合わせですね。

なお、私自身も遙かな昔の受験生時代に通信販売で購入しましたが、第一志望の某宮廷にはあえなく落ちました・・・
(まあ、私がアホなくせに背伸びをしすぎたからですが・・・。結局、第二志望の大学に入りましたけどね・・・)。

余談ついでに言うと、学駅は無人駅につき、入場券を購入しなくとも、駅構内に入るだけならば自由に入ることができます。
まあ、語呂合わせによる縁起物ということで・・・。

さらにどうでもいいことですが、特急列車が、一線スルーになっていない分岐器を通って駅を通過するというアレな光景を展開していたりもします・・・。
まあ、キハ185系の性能と、徳島線特急の停車駅の多さを考えると、どうせ表定速度は60km/hほどにしかならないのですから--この「7号」の場合は、徳島→阿波池田間の74.0kmを75分で運転しますので、まさに60km/hに若干届かない表定速度となリます--。

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15:35、阿波山川駅に着きました。
JR世代の駅名標と、国鉄世代の駅名標(画面奥)が共存しているのが、面白いところです・・・。

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地図上は吉野川の南を走っているはずの徳島線ですが、吉野川を車窓に臨むことのできる区間は、案外多くありません。
それでも、こうして吉野川を望むことのできる区間もちらほらと・・・。

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徳島線が吉野川を渡ることはありませんが、このように、吉野川に流れ込む支流を渡ることはあります・・・。

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列車はひたすら西に進みます。
なお、昼間の「剣山」号の場合、途中駅での乗客の増減はあありない・・・という印象でした
(鴨島・穴吹といった拠点駅では、自由席からはそれなりに降りていきますが・・・。むしろ、3号車の場合新聞が途中駅で降りていく方が印象に残っていたりもします・・・)。

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土讃線との合流点となる佃駅を通過すると・・・

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16:16、終点の阿波池田駅に着きました。

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ちなみに、こちらは1号車側ですが、3号車のみならず1号車のキハ185も、国鉄色復元車でした。
キハ185-17(3号車)とキハ185-18(1号車、徳島方)という、2両の国鉄色復元車が“ゆうゆうアンパンマンカー”をサンドイッチしているというのも、いるというのも、シュールな光景ですね・・・。

「南風15号~大歩危駅」につづく・・・

普通5550D~普通4552D~特急むろと4号

「普通4537D~阿佐海岸鉄道普通5549D」のつづきです・・・

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牟岐線~阿佐海岸鉄道線を乗り継いでまいりまして、甲浦駅に着きました。
ご覧の通り、甲浦駅のホームは1面1線ですが・・・。

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地元産の木材を使っているであろう、立派な待合室が、高架の下に控えています。
ちなみに、室戸岬方面への高知東部交通バスのバス停も、この待合室に隣接しています。

過去の“バースデイきっぷの旅”では、すべて甲浦駅から高知東部交通バスに乗り換え、室戸岬を抜けて土佐くろしお鉄道のごめん・なはり線に乗り継ぐというパターンを取っていました。

・・・とはいえ、高知東部交通バスの運賃は自腹、しかも、距離がかさむこともあって2500円ほど支払う必要があります(甲浦駅前→奈半利駅前の運賃が、だいたいそれくらい・・・)。
(そして、今年の“バースデイきっぷの旅”では、「四国まんなか千年ものがたり」号に乗車して食事券に支出しているので、あまり無理な支出もできないという、この現実・・・orz)。

・・・ということで、今年は室戸岬と土佐くろしお鉄道のごめん・なはり線乗車を断念して、来た道を折り返すことにしました・・・

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毎年乗っていた高知東部交通バスを見送るというのも、不思議な気分になるもので・・・
(なお、普通列車でやって来た乗客のうち、2~3人はこのバスに乗り継いだ模様です・・・)。

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折り返し待ちの時間が40分ほどありましたので、いったん駅の外に出て、駅前の神社にお参り・・・。

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神社からホームを見上げると、こんな感じです・・・。

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地方線区の終端駅の悲しき性か、駅前には何もありません
(駅前だから食料を調達できるところや食事をとることができるところがあると思ったら大間違い・・・。国道55号線沿いまで出ると、また事情が違ってくるのでしょうが、40分ほどの折り返し時間ではちょっと厳しいですね・・・orz)。

・・・ということで、神社にお参りして自動販売機で飲み物を補充したら、さっさとホームに戻ります。
何かと経営が厳しい・・・といわれる割には、本数がこれだけ確保されているのは“立派”というべきなのでしょうか・・・
(この本数をみれば、“秘境駅”という気分にはなりませんね・・・)。

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40分ほどの折り返し時間の間、ASA-101形はずっとホームに据え付けられていました。
扉も開きますので、これ幸いと、冷房の効いた車内で一休み・・・。

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それにしても、人がいない・・・orz。

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この駅を起点とする線路は、徳島へ、そして高松へと続いています・・・。

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冷房の効いた車内が開放されているのは、地味にありがたいです。
車両がホームに据え付けられているのに、発車の直前まで扉が開かない・・・などという嫌がらせを食らわされることもあることを思うにつけ、なおのこと・・・。

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いろいろと“増収策”を工夫しているようですが、なかなか“ままならない”ようですね・・・。

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ロングシートを望む・・・。




そうこうするうちに、発車時間が近づいてくると何だかんだいっても人は集まってきます。
相変わらず“一桁”ですが・・・。
しかも、先ほどの下り列車で見かけた、トランクを抱えた外国人観光客・・・どこで時間をつぶしていたのか定かではありませんが、私と同じように来た道を戻るようです・・・。

そういえば、外国人限定で四国内のJR・三セク、さらに民鉄線も乗り放題となる“ALL SHIKOKU Rail Pass”が地味に好評なようですので、それでも使っていたのでしょうかね・・・
(そういえば、初日の「しまんと1号」に乗車する際に、“ALL SHIKOKU~”を提示されて「ここに乗ってていいの?」と英語で聞かれたので、「ここはファーストクラス(グリーン車)だからアカンで」と、ヘボい英語で返しておいたのですが、(京都や大阪ならまだしも)四国に外国人が大挙してやってくる時代なのですから、変われば変わるものですね・・・)。

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そんなこんなで、甲浦駅を12:19に発車。
宍喰駅で2人さらに乗客を増やすも、やっぱり1ケタのままで、普通5550Dは終点の海部駅に着きました。
ときにちょうど12時半。やはり11分の旅路でした。




そして、構内踏切を渡りまして、JR乗り場に移動します。
先ほどお世話になった1551号が充当されている、普通4552Dに乗り継ぎです。
海部駅を12:33に発車・・・。

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今度は山側の席に座って帰りました。

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往路の海側席とは全く違った景色を望めるのが、面白いところです・・・
(“来た道を戻る”からといって、“等しきものの繰り返し”になるとは限らない・・・と)




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終点の牟岐駅には12:47に着きました。
そして、先ほどお世話になったキハ185系の2連が折り返していく「むろと4号」に乗り継ぎます。
いつの間にやら転線して、到着時とは反対の乗り場に停車していました・・・。

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往路の「むろと1号」では、展望席を確保するため指定券の発券を受けましたが、上り列車では指定席は最後列になることに加え、牟岐線特急は基本的にガラガラ・・・ということもありまして、帰路については2号車の自由席に乗車することにします。

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日和佐駅発車後の車内ですが、パラパラと座席が埋まる程度の混雑にとどまるのが、牟岐線特急の“日常”というものでしょう。
お盆や年末年始といった超繁忙期は、また事情が異なるのでしょうけれどもね・・・。

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さて、往路で前面展望を堪能したので、帰路は適当な席を・・・と思って乗り込んでみたところ、お誂え向きに(?)16-A席が空いていましたので、「むろと4号」でも展望席の旅としました・・・
(なお、このときの2号車はキハ185形1000番台(トイレなし)のため、1号車の0番台よりは1列座席が多いのです・・・。だから“16番”席が展望席になるという次第・・・)。

なお、「むろと1号~普通列車」の乗り継ぎで線路監視をされていた保線要員の方も、「普通列車~むろと4号」の乗り継ぎでお帰りになるようで・・・。
そして、往路と同様に貫通席に立っておられたので(「またコイツ最前列にいるがな・・・」と思われたかどうかは、定かではありませんが・・・)、帰路でも存分に展望席の旅を堪能することができました。ありがたや・・・。

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12:52、定刻通り牟岐駅を発車しました。
相変わらず“阿波室戸シーサイドライン”の愛称名に反する山の中を、しずしずと走っていきます。

なお、全体としては人の少ない車内だったのですが、普通列車から乗り継いできたばーさん2人組が著しく“やかましい”・・・
あなた方は耳が遠いから大声で話さないと聞こえないのかもしれませんが、聞きたくもない世間話を強制的に聞かされる方の身にもなってくれ・・・。しかも、ガラガラだからといってご丁寧に通路をまたいで座っていやがるので、よけいにうるさい!(怒)

結局、地獄から開放されたのは、終点手前の南小松島駅に着いてからでしたとさ・・・orz。

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そんな“アレ”な状況ではありますが、列車は日和佐城を望みつつ・・・

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日和佐駅に着きました。
阿南~牟岐間の途中停車駅では、間違いなくここでの乗降が最も多いと思われます。
薬王寺(四国八十八か所霊場、第二十三番札所)の最寄り駅という事情も、大きいのかもしれません。

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下りの普通列車と交換。
それにしても、四半世紀前に初めて訪れたときにはキハ40系の天国だった牟岐線も、今では1500形&1200形の天国です(キハ40系も、ラッシュ時を主体に入りはしますが・・・)。

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しばらく走ると、牟岐線で数少ない“海の傍の駅”こと、田井ノ浜駅です。
下りの「むろと1号」と並んで、この「むろと4号」も臨時停車していました。

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青い海。
海水浴場の環境としては悪くないのでしょうが、徳島の市街地から結構距離があるからか、あるいは平日だったからか、あまり人の姿は見受けられず・・・。
ときは7月31日・・・海水浴をするには悪くない日程なのですが・・・。

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四国で“海に近い駅”というと、予讃線・下灘駅が何かと有名にすぎますが、海との距離だけいうならば、この田井ノ浜駅の方が近そうです・・・
(もっとも、国道が改修されて駅と海の間に国道が通るようになった今の下灘駅ならばまだしも、国道の改良前はもっと海に近かった・・・らしいですが、そんな昔の姿を知らなかったりもします・・・orz)。

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13:35、阿南駅を出発しました。
勾配を上り、曲線を曲がり・・・

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那珂川を渡ると、列車は幾分スピードを上げます。

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吉野川ほどではないにしても、那賀川もなかなかの大河ですね・・・(ただし、四国基準)。

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ちなみに、コスト削減に一生懸命で、当然のことながら振子機構など装備しないキハ185系ですが、それ以前の気動車に比べれば、これでも曲線走行性能は上がっている・・・らしいですが、今では比較対象が2000系というのが、キハ185系の“不幸”だったのかもしれません。
JR四国のフラッグトレインとして輝いていた時期は、わずか5年ほどだったのでは?
(それでも、德島エリアを中心に細々と、しかし黙々と特急運用に充当され続けていますが・・・。そして、普通列車用になった仲間もいれば、“四国まんなか千年ものがたり”号にコンバートされた仲間もあり、トロッコを牽引していたり、ジョイフルトレインに化けたり・・・と、“何気に使い勝手はよかった”のかも、しれませんね・・・(だぶついていたから何かと“種車”にしやすかっただけという説もあり・・・))。

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飾りっ気のないデッキ。

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ゴミ箱。
国鉄形につき、分別の概念はありません・・・。

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そういえば、キハ185系は、JR世代になって以降、特急形車両ではめっきり採用例のなくなった折戸を装備しています。
折戸といっても、同世代のキハ32形やキハ54形(0番台)車のようなバス部品流用とは異なり、そこは一応“特急形”の模様。

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戸袋窓のスペースが不要になることで一時期好まれた--キハ181系や14系座席車を思い出しますね・・・--特急形車両の折戸・・・いつしか、絶滅危惧種になろうとしています・・・。

この“バッタン”・・・と閉まるのも、これはこれで“味”はあるんですけどね・・・。

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さて、徳島運転所の気動車群が見えてくると、終点の徳島駅はすぐそこです。

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14:01、朝の「むろと1号」での出発から約4時間ぶりに、徳島駅に戻ってきました。

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隣の乗り場に“1515”号がいたので、思わず撮影
(14:17発の、板野行き普通4342Dですね)。

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跨線橋に続く階段が“ごらんのありさま”になっていました・・・。

「剣山7号」につづく・・・

普通4537D~阿佐海岸鉄道普通5549D

「徳島の朝~むろと1号」のつづきです・・・

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(画像は海部駅到着時のもの)

牟岐駅で「むろと1号」を降りると、息つく間もなく普通4537Dに乗車します。
乗り換え時間は“5分”と少々せわしないですが、同一ホームでの乗り換えのため、そこまで焦ることもないという説もあり・・・。
それにしても、平成26年、平成28年、そして今回と、3回続けて同じ乗り継ぎパターンです(芸がない・・・というか、閑散線区の牟岐線においては、乗り継ぎパターンも自ずから制約されるのです・・・。これは予土線についても同じことが言えるところです・・・)。

この列車、所定は1500形気動車であるものの、共通運用されている1200形気動車が入ることもありますが・・・。

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今年は所定通り1500形が充当されていました。

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安心の転換クロスシートです。
・・・とはいえ、牟岐線の末端区間となる牟岐~海部間の需要は(高校生の通学帰宅を除けば)閑散たるもの・・・。

せっかくの高級気動車も、少々もてあまし気味なのが、なんともかんとも・・・。

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鯖瀬駅に着きました。
牟岐~海部間は、昭和48(1973)年の開業と、四国の鉄道線としては比較的新しい部類に属します。
したがって、ほとんど踏切もなく、線形もよいのですが、今となっては各駅停車しか走りません(その程度の需要しかないともいいます・・・)。
同区間の駅は、両端の牟岐駅と海部駅を除けばいずれもホーム1面1線で、交換することは不可能です(交換が必要な本数も走っていませんけどね・・・orz)。

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浅川駅に停車中。

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阿波海南駅に着きました。
この駅の次が、早くも終点の海部駅となります・・・。

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海がほとんど見えず“名前倒れ”の観を呈していた“阿波室戸シーサイドライン”こと牟岐線ですが、末端区間になって、ようやくまとまったかたちで海を横目に見ながら走ることになります・・・。

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トンネル内を走行中。
転換クロスシートとむき出しの蛍光灯の“アンバランス”が、地方線区に投入される気動車の限界なのでしょうか・・・
(都市圏を走る転換クロスシート車は、照明カバーを取り付けることが多いので・・・)。




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11:19、わずか14分の旅路を終え、普通4537Dは終点の海部駅に着きました。
ちなみに、「むろと1号」で線路確認を行っていた保線要員の方は、この海部駅まで乗り継いでおりました・・・(1500形では私は後方に大人しく座っていたので、余計なプレッシャーをかけていない・・・はず・・・)。

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山が削られた町内トンネルの偉容を望む。
このトンネルを眺めると、海部駅に来たことを実感できます・・・。

まあ、実感したところで、すぐ乗り継ぎなんですけどね・・・orz

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・・・ということで、構内踏切--あまりに列車密度が低すぎて、高架駅なのに構内踏切で渡るという謎な事態になっているのが海部駅くおりちー--を渡ってやってまいりましたのは、JR乗り場の向かいに位置する阿佐海岸鉄道乗り場です。

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ASA-101形が充当された、普通5549Dに乗り継ぎます。
11:26の発車ですから、7分の乗り継ぎとなります。
まあ、構内踏切を渡るだけにつき、すぐ乗り継ぐことはできるんですけどね・・・。

そういえば、阿佐海岸鉄道にも開業以来、かれこれ10度近くは乗車していると思うのですが--四国内をウロウロするたびに必ず行程に組み込むので--いつもASA-101形ばかりに当たるのは・・・なぜだろう???
(よほどタイミングが悪いのか・・・orz)。

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同じく四国の第三セクター鉄道である、土佐くろしお鉄道TKTー8000形に範をとった、転換クロスシート+ロングシートの車内です。
転換クロスシートは肉厚で掛け心地も良好なのですが、乗車時間がわずか10分ばかりというのは、もったいないところ・・・
(それもそのはず、阿佐海岸鉄道は、全線乗り通しても8.5kmしかないのですから・・・)。

なお、ヘッドマークには“天の川”と表示されていましたが・・・

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天井に照明が張り巡らされていました
もっとも、昼間の車内では特に意味がないのですが・・・。

車内観察しているうちに発車時刻になりまして、列車は動き始めました。
牟岐線の末端区間も乗客がほとんどいませんが--乗車した4537Dの乗客は、牟岐駅の段階で15人ほど・・・。海部駅に着く頃には10人切り・・・--、阿佐海岸鉄道の普通5549Dは、さらに乗客が少なく、最初から一桁・・・

沿線は過疎地--しかも、クルマ社会--、しかも、路線延長が短いがゆえに、運賃収入も稼ぎにくい・・・ということがありまして、全国でも屈指の“経営の苦しい第三セクター鉄道”と位置づけられる阿佐海岸鉄道ですが、何とか利用者に来てもらおうという工夫の一環が、この“天の川”号というわけでしょう。

・・・ということで、海部駅を出ると早速眺めのトンネルに入りますが・・・

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なるほど、これは“なかなか”・・・
天の川をイメージした照明が、昼前の車内を(トンネル内限定で)彩っていました・・・。

もっとも、“ものがたり列車”のように、全国から人を集められるかというと・・・これだけでは・・・なのかも、しれません。

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阿佐“海岸”鉄道の名に恥じず、景色はいいんですけどね・・・。

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唯一の途中駅となる宍喰駅に着きました。
本社所在地にして、何気に有人駅だったりもします。

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そういえば、ASA-101形の反対側(甲浦側)には、宍喰駅名物(?)伊勢エビ駅長のヘッドマークが掲出されていました。

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宍喰駅を出ると、次はもう終点の甲浦駅です。
定刻通り11:37に到着しました。
結局、海部駅から11分の旅路でした。

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高松駅から延々とつながっていた線路も、ここで途切れています。

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この駅だけ、阿佐海岸鉄道線では唯一の“高知県に属する駅”となります。
計画上は室戸岬を通って(現在の)土佐くろしお鉄道、ごめん・なはり線とつながることになっていたのですが、沿線の過疎っぷりを目の当たりにさせられると、この先に延びることは、なさそうです・・・。

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ちなみに、昨年までは“バースデイきっぷ”の有効区間に阿佐海岸鉄道線は含まれておらず、運賃を別途支払う必要がありました。
しかし、今年4月の見直し(グリーン車用の値上げ)により、バースデイきっぷの有効区間に阿佐海岸鉄道線が加えられ、運賃を別途支払う必要がなくなりました
阿佐海岸鉄道線を(基本的に)行程に組み込む私にとっては、この面ではプラスであった・・・と、いえるところです
(その割には、似たようなグリーン車乗り放題きっぷである“四国グリーン紀行”では、阿佐海岸鉄道線に乗車できないままなのですが・・・)。

もっとも、毎年乗って思うことですが、鉄道設備を維持するだけの利用者もなければ収入も見込めない--鉄道の場合、営業距離が短くても、それに対応して運行経費が激減するわけではない・・・--という現実を目の当たりにさせられるのも確かです・・・。

そのような現実もあってか、阿佐海岸鉄道では、車両の更新時期に合わせて、JR北海道が開発した、かの“DMV”(デュアル・モード・ビークル;マイクロバスに鉄輪をつけて、線路と道路をどちらも走ることができる)の導入を真剣に検討しているそうです。

確かに、通学の学生が乗らない時間帯であればDMVでまかなえる需要と見受けられますし、何よりも室戸岬に直通するとなれば、それはそれで“一部にウケる”ことも期待できます(現状でもバス乗り換えで問題なくアクセスできるという説もありますが・・・)。

それに、全国初のDMV導入路線・・・となれば、インパクトもあるでしょう。

他方で、DMVは特殊な車体のため導入コストがかかる、乗務員に鉄道・バス双方の免許を取得してもらう必要がある(甲種動力車操縦者免許+二種免許)、乗客が大挙してやって来たときに収容力がなさ過ぎて積み残しを起こしかねない・・・等々、クリアする問題が多いことも確か。

・・・とはいえ、今のままではじり貧であることも確かですから、何らかの“攻めの一手”を打つというのであれば、それはそれで推移を見守りたいところです・・・。

「普通5550D~普通4552D~むろと4号」につづく・・・
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キモプアの紙

Author:キモプアの紙
キモメン兼デヴ兼クソヲタ兼フニーターで当然の帰結として“プア”・・・。略して“キモプア”。
その中でも(まあ、ほかに“キモプア”を自称する物好きもいないでしょうが・・・)選ばれし“逆”エリートゆえに“紙”(ペーパー的な意味で・・・orz)。

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